86.寝起き/ダグラスの期待(ダグラス視点)
よろしくお願いします。
ものすごく頭が痛い。
比喩的表現ではなく、物理的に。
途中で昼寝を起こされると大体、頭痛がする。
そのため、現れた俺は非常に凶悪な顔をしているのだろう。
門番近くに現れると、一瞬、場は静まった。
「ひっ! 出た!!」
俺はお化けか何かか。
ひきつった表情のまま直立姿勢をとっているのは、兵士のガンツーラ・ブラッドだ。こざっぱりとした顔立ちにひょろりとした体躯を持つ男で、落ち着いた物腰だが中身は非常に熱い男だ。その隣にはひょうきんな顔をした小柄な男がいる。こちらはダレット・ハイオキン。ちなみに出たとかふざけたことを言ったのはダレットのほうだ。
警邏隊と門番は年単位で編成を変えているが、全部合わせても200人ほどしかいない。
新参者はさすがにすぐに顔と名前は一致しないが、古参であればすぐにわかる。
俺の私兵で、自分で雇っているのだから。
「お前らは、今が何時か知っているか?」
「いや、ですけど! アレ、この状況、どう考えても時間とか気にしてられないっていう…」
ダレットがアレといい空中に浮かぶドラゴンをさし、この状況と言って門の前で慌てふためく人々をさす。
「それをなんとかするのが、お前たちだろう?」
「いやいや、荷がかちすぎますって!」
俺は舌打ちすると、冒険者ギルド長室へと跳んだ。
案の定、そこには書類を眺めながら仕事をしているダグラスがいた。
そのままダグラスの肩を掴んで、もう一度空間転移をする。
「へ? は? あ、クロゥ?」
ダグラスは顔を上げて、書類を握ったままぼんやりと立っていた。
「後は任せた、俺は寝る。ついでにこいつら、減俸だから」
「そんな! ヒデェ!!」
「ええー、ちょ、待ってくださいよ!」
悲痛な声を無視してさっさと転移した俺は、そのままベッドへと飛び込んで目を閉じた。
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「これ大事な書類で持ち出し禁止なんだがな…」
手元の書類に目を落としてぼそりとつぶやけば、ダレットが慌てて空に向かって指をさす。
「そんなこと言ってる場合ですか! あれ、なんとかしてくださいよ!!」
「そういわれても、俺、武器とか部屋におきっぱなしなんだけど?」
「ええ?!!」
「じゃあ、どうすんですか!」
「ギルド長補佐の仕事してたんだから、剣なんて持ってるわけないだろう。突然、俺を呼び出したクロゥインに文句言ってくれよ」
「俺はまだ死にたくねぇ!!」
思わず叫んだダレットの横でガンツーラが大きく頷いている。
「そんな怖いやつじゃないから大丈夫だって」
相変わらずクロゥインは見た目で苦労しているようだ。文句言われたくらいで、部下を斬殺してたら誰も働いてくれない。
ダグラスの苦笑に、ダレットが必死な様子で首を振る。
無言の訴えに、ダグラスはますます苦い笑いをするしかない。
「で、ドラゴンが向かってきてるのはわかったが、誰かが戦ってるんじゃないか?」
先ほどから近づいてきているドラゴンを狙うように閃光が空へと伸びている。
「そうなんですけど、あの閃光、全くドラゴンに当たってないんですよね。威嚇するにしても的外れって言うか」
ガンツーラが先ほどから眺めていた感想を漏らす。言われてみれば、当たってはいないようでドラゴンは安定して翔んでいる。
閃光を放つ主が、期待外れということも視野にいれて、用心をしておくに越したことはない。
手にした書類をガンツーラに押しつけると、ダグラスは周囲を見回した。
「おい、この中で聖者職はいるか?」
逃げ惑う人々に向かって声をかければ、冒険者の一団から手が上がった。
「あの、私、できます」
小柄な女の子が言えば、その横にいた男も手をあげつつダグラスを見つめている。
商人の護衛などで聖者職は人気が高いため、その場の人々の中にいる確率が高いとふんだが予想通りだ。
「よし、じゃあ、フェーレン市冒険者ギルドから緊急で依頼を出す。この場でシールドを張ってくれ。お前たち二人は一般人たちの誘導をお願いする。ガンツーラ、書類は汚したり失くしたりするなよ」
「ひーっ、了解しました!」
聖者職二人には保護をお願いして、門番二人にはその場の人々を集めて門の中へと入れてもらう。ガンツーラは青くなりながら必死で頷いている。
昔、市長館で重要書類が紛失した際の騒ぎでも聞き及んでいるのだろう。市長館が半壊した時の騒ぎは、ダグラスの記憶に鮮明に焼き付いている。
「冒険者ギルド長補佐の権限で開門しろ、すべての責任は俺がとるから」
門に向かって声をかけるとゆっくりと門が開き始めた。
鉄製の重い扉がぎぎぎと開く音を立て、隙間からゆっくりと人々が中へと入る。
入る人々を覆うように聖者二人の防御結界が張り巡らされている。
「慌てないで、ゆっくりでお願いします」
「落ち着いて行動しろよ!」
ガンツーラとダレットの声に合わせて、人が動くのを見届けているとダグラスに近づく者がいる。
「俺は剣士だ。ドラゴンは戦ったことないけど、人を守るくらいならできるぞ」
「俺も!」
「じゃあ、追加で依頼する。万が一のために、結界を守ってほしい。人が中に入ったらそのまま待機しておいてくれ」
「わかった」
「任せておけ。そうだ、俺の剣でよければ使ってくれ」
「ありがたく使わせてもらうよ」
最初に声をかけてきた剣士が差し出した剣は中級クラスの剣だ。鋼だが、強化の付与がかかっているのか丈夫そうにみえる。ドラゴンに歯が立つかは謎だが。
感謝しつつダグラスは受け取った。
丸腰よりは断然いい。
腕時計を見れば、1時40分すぎだ。
あと20分、ここを守ればクロゥインが起きてきて対処してくれるはずだ。
ダグラスは姿形がはっきりとしたドラゴンを見つめながら、ふうっと息を吐く。
久しぶりの正念場に、僅かな高揚が伴う。
普段は書類仕事ばかりだからたまには現場に出るのもいいものだ。
それが、滅多にお目にかかれないドラゴンなのだから、期待は増す。
ダグラスは剣を構えたまま、まっすぐに翔んでくる巨体を見つめるのだった。
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