65.さみしい気持ち(マヤ視点)
マヤ視点です。
よろしくお願いいたします。
クロゥインが遠出をするらしい。
いつも市長館の市長室にいるはずのアリッサもいなければ、冒険者ギルド長室にいるはずのダグラスもいない。
お菓子をくれるアスモデルも厨房にいない。
市長館を少しでも汚すと怒ってくるデミトリアスも不在だ。
だからといって汚したりはしないけれど。
マヤはあちこち歩きながら、いつもと少しだけ様子の違う午前に居心地の悪さを覚える。
ひと月前、レッド・カーニバルと呼ばれるお祭り騒ぎがあったときもアスモデルはいなかったけれど、アリッサもダグラスもいてくれた。
二人からクロゥインの様子を聞きながら時を過ごしたのだが、今回は状況を教えてくれる人がいない。
「アムはデミトリアスさんが居なくて寂しくない?」
メイド服に身を包んだ小柄な少女がツインテールの髪を揺らしながらせっせとシーツを干している横に座りながらぼんやりと庭を眺める。彼女の薄いオレンジ色の髪は、日に照らされると、黄色みが強くなる。
ヘーゼルの瞳は、まっすぐにシーツに向いている。
「デミトリアスさまに呼ばれるのは喜びだけれど、こうして仕事を任せてもらえるのも嬉しいの。だから、近くに居なくても平気だよ」
アムは4本の手を器用に動かしながら、皺一つないシーツを作り上げている。青い空に誇らしげに白いシーツがはためく様に、マヤは羨望の眼差しを向ける。
「デミトリアスさまがいない間に粗相したときのこと考えると憂うつだけど」
それはマヤにも頷ける話だ。デミトリアスが怒ると本当に怖い。
「まあ、マヤはペットだからね。アタシとは立場がちょっと違うよね」
アムは高位存在のデミトリアスに使役されている悪魔だ。下僕であって、癒しではない。対して、マヤはクロゥインにペットだと言われた。愛玩される存在なのだ。
「お嬢様がたがお二人で、なにやら深刻なご様子ですね?」
声をかけてきたのは、紐で体を結ばれたトビウオに似た二匹の魚だ。プカプカと空中に浮かびながら、左側の魚から男性のハイバリトンの声が響く。
「どうかこの庭師めにお話しくださいな」
今度は右側の魚からしっとりとした落ち着いた女性の声音が聞こえる。
彼? 彼女? は庭師のバキだ。
男性と女性の声だが、人格も名前も一つだけだという。
マヤにはよくわからないが、そういうものだと頷いた。
完全な魚が庭をどうやって手入れするのかと訝しんだが、バキは重力魔法が得意なようで、巨大なハサミを動かして素晴らしい庭を整えている。
自身が浮いているのも重力魔法だと話していた。
先ほどまで、庭の剪定をしていたのだろう。今も真横にハサミが転がっている。
「マヤが魔王さまがいなくて寂しいんだって」
『なるほど!』
男女の声で同時に同意されると、マヤはうつむいてしまう。
少し離れているくらいでわがままは言ってはいけないと責められているようで。
「レッド・カーニバルの時も魔王さまはお昼寝には帰ってきたんでしょ? 昼には会えるよ」
「うん、そうなんだケド」
クロゥインが何してるのかな、とふと考えてしまうのだ。そうなると、胸が痛くなって。アリッサに病気か尋ねたら寂しいということだと教えてくれた。
「あんな恐ろしい方の傍にいたいだなんて変わってると思うけどな」
「そうですね、身も凍る恐怖です」
「恐ろしい? 恐怖?」
「デミトリアスさまでも十分怖いのに、あの方は次元が違うもの。あれで人間だなんて価値観も見る目も変わるわ。脳髄揺さぶられたかんじ」
「ふうん?」
「わからないから変わってるって言うの」
呆れたようにアムが息を吐く。
マヤは首をかしげるしかない。
クロゥインの傍は居心地がいい。
初めて見たときから恐ろしいと思ったことはなかった。
「シャドウもビーブスも瞬殺で人狼だって怯えてたくらいだもの。まあ、所詮低位の存在だけど…と、ゴメン。同じ種族だよね」
「マヤはそういうのよく知らないから大丈夫」
「大丈夫ではないと思うけど…魔族はどうしても魔力量で考えちゃうからなぁ。でも、人間に混じって戦うようになってからアタシも少しは変わったんだよね。同族っていいな、とか魔力量だけが強さじゃないんだな、とかね」
アムやアスモデルはクロゥインの要請で、冒険者に混じって魔物狩りをしている。誰かを守れと命じられる事がなかったため、アムはしばらく慣れなかったと話していた。
さすがに10年続けば、考えも変わるらしいが。
「でもやっぱりあの方を見ると、魔力量が強さなんだなって思うんだけど」
「なるほど…?」
「マヤさんは、怖いと感じないんですよね、まあ、だからこそお傍にいられるのでしょうが。ちなみに、夜も一緒に過ごされているとお伺いしましたが?」
「そうそう。ついでにお昼寝までご一緒とか?」
「うん、そうだよ」
男女の声が交互に尋ねてくる。あっさりとマヤが頷けば、バキはくるりくるりと空中で前回りを始めた。
「え、なんでバキが悶えるの?」
隣でアムが胡乱げな視線を送っているが、二匹の魚は気にならないらしい。
「ち、ちなみに、ちなみに、魔王さまの夜ってどうなんですか?」
「どう…って?」
「すごいとか、激しいとか、しつこいとか…もしかして獣じみている、とか?」
「すごい? 獣?」
「いやいや、バキあんた下世話だから。そんなのマヤはペットで納得してるんだからそっとしときなよ」
「ペット! ああ、そんなに魔王さまから愛されてる姿に妄想が止まらないんですよ!!」
「ああ、破廉恥!」
「クロはよく唸ってる、かな。眉間の皺もすごい。深くなる」
「ええ?!」
「魔王さまはベッドの上でも魔王さまなのですね!!!」
「不愉快、不機嫌、素晴らしいですわ」
息を飲んだマヤの横で、魚がますます勢いをつけて回転し始めた。興奮しすぎて紐が体にぐるぐる巻きになっている。魚のくびれたラインがますます細く締め付けられているが大丈夫だろうか。
「バキ、興奮しすぎ! マヤはそんなに気になるなら冒険者ギルドに行ってみればいいんじゃない。魔王さまと連絡取れる人間がいるんでしょう?」
アムの提案に、マヤはもちろん飛び付くのだった。
笑顔で行ってくると二人に手を振って駆け出す。
「まさか、魔王さまってあんないたいけな存在とそんな夜をお過ごしとは」
「偉大なる夜の帝王ですね! さすがです」
「期待を裏切らないお姿、ステキです」
二者三様のつぶやきは、もちろんマヤの耳には入っていない。
お読みいただきありがとうございました。




