64.市長会議の前座(アリッサ視点)
アリッサ視点です。
よろしくお願いします。
サンダルキア市長館の一階、大広間のつなぎの部屋で60人ほどの男女が、穏やかに会話をしている。
その中で、アリッサは深々と息を吐いた。
今日のために新調したスーツはオフグリーンの上下セットだ。初夏の爽やかな今の時期にはぴったりの装いで漆黒のクロゥインの横に並べばそれだけで彼に華を添えたような気持ちになるはずだった。
「アリッサくんの横にいるということはもしかしてクロゥインくん? いつから、そんなものを被るようになったんだぃ…?」
弱々しげに話しかけてきた男に、雄牛の頭がぐるりと振り替える。
「うむ」
鷹揚に頷いた男の横で、アリッサは真っ青になる。
クロゥインなら話しかけられても、うむとか言わない!
話しかけてきたのはヴォイセオブ市長のマック・アルトだ。伯爵の地位についているが、クロゥインの出身地の村があるため、昔から彼に好意的な男だ。貴族らしい高圧さもない。
薄い金茶色の髪に緑色の瞳の小柄な男だが、横幅はかなりあり丸っこいフォルムをしている。温和で落ち着いており、50歳代に見えない愛嬌がある。
深い緑のスーツに包まれた体はさながら小熊だ。
そして、その視線は牛の顔に釘付けだった。
今回の市長会議が北部ギルド長の会議と同じ日だと知らされ、ではどうするのかという話し合いの場が設けられた時、クロゥインはいい案を思いついたと手を叩いて指名したのがアスモデルだ。
もちろん、アリッサは全力で止めた。否定した。ありえないとまで告げたのに、その場にいたダグラスもデミトリアスも、いいんじゃないかとあっさりと同意した。
クロゥインは身長こそ同じくらいだが、体つきはあれほどムキムキしていない。むしろダグラスに近いのだが、顔を隠しているのだから誰にもばれないだろうとその場の皆が頷いた。自分を除いて。
しかし、驚くべきことに会議の前の歓談の場に集まっても誰一人としてクロゥインはどうしたと聞かれない。アルトも当然のように受け入れている。
だが、姿形も似ていないのに、どうしてクロゥインだと思えるのか。自分が横にいるだけで彼だと思えるなら、せめて反対側にいるデミトリアスでもいいのではないだろうか。
体型的にも彼の方が近いのでは?
そもそも、何をもってしてクロゥインと定義するのか。
一人、哲学的な瞑想に耽りそうになる。
ちなみにデミトリアスは銀色の仮面を被っている。一見泣いているようなデザインは性格を知っているととてつもなく似合っていないが、彼が顔を隠している理由は全く不明だ。
「お久しぶりです、アルト市長。肩こりが解消できる特殊効果がある魔道具らしいです」
「ほう、それは素晴らしい! ぜひ、私にも一ついただけないだろうか」
「ええっ?!」
しまった、もっといやがられるような口実にすれば良かったと後悔しても遅い。
そもそも牛の被り物など肩がますます凝りそうだと気付きそうなものだが。げに恐ろしきはクロゥインの非常識である。彼ならば、どんなものでも作れると考えられているのだろう。
こんな時こそ、悪魔の舌先で人間を丸め込んで欲しいが、二人とも黙ったままだ。
「そうですね、確認しておきます」
横に本人がいるはずなのに、確認するとはどういうことだと思わなくもないが、消え入りそうな声と愛想笑いで乗り切るしかない。
「そういえば、市長はおひとりですか?」
アリッサはさっさと話題を変える。事務次官が市長を差し置いてしゃべるのも非常識だとは思うが、アスモデルが話さないので仕方がない。
「ああ、うちのは知り合いを見つけたからとか言ってどこかへ行ってしまったよ。全く、いつまでたっても事務補佐官の仕事がわかってないんだから。アリッサくんを見習わせたいね」
見回してもどこの市長も補佐官を横につけて歩いている。まさか、市長を放り出して補佐官がふらふらとしているとは思うまい。
ヴォイセオブ市長の事務補佐官は領主の次男だ。ダグラスの腹違いの兄であり、容姿は似ているが性格は全く似ていない。面倒見がよく真面目なダグラスとは正反対の放蕩で軽薄な男だ。
ちなみに領主は貴族が務めているが、大体2~3市を一人の領主が管理している。地方の名前は領主の家名を取ることが多い。
ダグラスの父親は領主ではあるが市長ではないので、この場にはいない。
フェーレン市とバグロード市の二つの市は、ザイアス地方と呼ばれる。領主の家名がザイアスだ。
アレンドロン・ミュウリッシュ・ザイアス侯爵が現在の領主で、バグロード市の市長でもある。
やや離れた場所で談笑している目立つサニーブロンドの長身の男だ。30代の若さで領主兼市長を勤めている切れ者だが、態度は温厚で人気がある。
市長は国や領主からの指名制でなる。だが、フェーレン市はクロゥインが冒険者ギルド長に就任する少し前に貴族と揉めたため、領主の管轄からも外れており治外法権のような有様だ。
クロゥインが(仮)市長になっているのも、正式な使命ではなく、市民からの投票で一時的に市長の権限を与えられている者の意味合いもある。
本人は市長が正式に指名されればいつでも席を譲ると言って憚らないが、国王を筆頭に誰も指名しないので現状の仮のまま10年も過ぎてしまった。
アレンドロンとクロゥインの関係を一言で表すなら無関係だ。お互いに干渉せずの態度を貫いている。
今回、この場にデミトリアスとアスモデルが来ることになった原因のサンダルキア市長は会議の主催者側であるため、この場にはいない。
いたら、光線レベルの熱視線をお見舞いしたいとアリッサは不機嫌な気持ちのまま、周囲に目を向ける。
「そろそろお時間になりますので会議室へとお集まりください」
会議室の扉が開かれ、順次部屋へ案内される。
「呼ばれたようだよ、さあ行こうか」
サンダルキア市の市長館の大広間へと入りながら、アリッサはただひたすらに無事にすむことを祈った。
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