52.人間の魔王(ワルム視点)
作業の都合上2話アップです。話が飛んだと思われる方は一つ前からどうぞ。
マヤを迎えに来た人狼ワルム視点です。
よろしくお願いします。
「こ、この愚か者どもがっ!」
目の前で怒り狂っている古老の人狼に、ワルムは目尻を下げる。
里に着いて早々、入り口の地面に膝まづいている状況だが誰も文句を言わない。
ワルムを筆頭に若者たちは同様に項垂れた。
仕方がないので、ワルムが口を開くしかない。
「いや、じいさま。俺ももうよくわかったから」
「じいさまと呼ぶな! おまえなど、ひ孫でもなんでもないっ、里が滅んでも仕方がないのだぞっ。もしもの時はお前の首であがないきれるものでもない! 魔王さまに歯向かうなどと…っ」
もとは黒い毛色だったと聞いているが、今ではすっかり白狼だ。昔に比べれば随分と小さくなっている体だが、気迫だけは今でも十分に若者にも負けていない。怒鳴りつけるだけの肺活量もさすがだ。耳がじんじんと痛む。
さすが、里の長だけはある。
人狼の里長など、力が衰えてはやっていられない。それを30年間も明け渡さず守ってきたのは古老のフェルムだ。
部隊長を拝命しているワルムですら、まだ敵わないと思える。
だが、どうにかすればあるいは、と思う瞬間はある。
敬意があるので実行することはないが。
だが、あの男はダメだ。
ワルムは昼に出会った人間の男を思い出して、ぶるりと震えた。
漆黒の髪に、闇を思わせる双眸。どこまでも黒い色を纏う男は、底知れない深さを秘めている。背筋が凍るような深い深い魔力の気配に、深淵とはきっとこういうことをいうのだと、実感した。
目の前に現れただけで、自然と頭が下がる。尻尾も耳も自然と垂れる。
自慢の黒い毛ですら、艶をなくしているように見える。
できることなら逃げ出したい、とワルムは震える足を叱りつけてその場に立つことしかできなかった。
銀の巫女が里から攫われて、人間の街で保護されていると聞いた時には、すぐに取り返しにいかなければならないといきり立った。
年寄りたちは銀の巫女が里にいないことに神へ申し訳ないと落ち込んでいたが、若い者ほど自尊心を傷つけられた。
眠りや幻術の魔法で不覚をとり、魔法で攻撃された。幸い、威力はそれほどでもなかったが、しばらくは動けず、里は壊滅状態になった。
そして、まんまと銀の巫女を攫われたのだ。
人間ごときに遅れをとったことが我慢ならなかった。報復を誓ったが、すでに襲撃者は獣亜人軍団団長グアラニー率いるイプピアーラが片づけた後だった。
だが、保護された巫女が里に戻ってこないという。
きっと欲深い人間が、巫女の価値に気が付いて閉じ込めているのだ。
巫女は不思議な色合いの毛色をしている。基本的には銀色だが、光の加減で虹色に輝くのだ。神秘的で、近寄りがたい雰囲気を纏う。
人間は珍しいものが好きだ。あれほど極上の生き物を目にして、狂わないはずがない。
里の若い者たちの意見は一致して、とにかく囚われている街まで行こうということになった。できるならば、助けてあげたい。そして、里まで連れ帰るのだ。
深淵の大森林は、あちこちで魔物に溢れていた。
魔物のスタンピードの時期かと、道すがら斃しながら進む。この時期の魔物は侮れない。上級、中級関わらずかなりの数でこられると死闘となっても仕方がない。
力で押し切る人狼ですら、手こずる。攻撃魔法が使えないのだから、防御力が高い魔物ほど厄介だ。
かなりの戦闘で疲弊していたのは否めない。そこにずらりと並んだ人間に出会ったのだ。
殺気を向けてしまうのも、無理はないと思う。
里を襲撃された恨みもある。
同じ種族というだけで、憎しみをぶつけてしまった。
だが、あの男の存在で、一気に頭が冷えた。
現れた瞬間、体に走った警戒信号に我に返った。
しかも、彼の魔法は一瞬だった。
シャドウなど人狼とは相性が悪い。爪も牙も効かない。
月魔法の柔らかな光くらいでは撃退できない。しかも月が出ている夜にしか使用できないのだ。
彼が使ったのも同じく光系統の魔法だろう。
使用した魔力量は高くない。彼がもつ力の何十万分の一ほどだろうか。
それでも、痛いと感じるほどの発光、熱量。
彼のもとにいるのなら、安心だと全員で納得できた。
そして、里に戻ってきて事情を話せば、里長の説教が始まったのだ。その流れで、彼が魔王だと知らされた。
「魔王さまのところにいるなら、いると最初に言ってくれればいい」
「魔王さまが、人間だと信じなかったのはお前たちだろう!」
確かに、昔に前魔王が人間に斃され、その後釜にその斃した人間がついたと聞いたが、信じられるわけがない。
人間など、どれだけ強いと言われてもたかが知れている。
不覚さえとらなければ、瞬殺できるのだ。
今回はその奢りに足元を掬われたのだが。
「あれが、人間だなんて未だに信じられない…」
「魔王さま自らが宣言されているのだ、我らは従うしかない。種族など、些末なことだ」
フェルムの言葉には畏敬が感じられる。巫女を語るときと同じか、それ以上の畏怖の念だ。
「じいさまは、魔王さまに会ったことがあるのか?」
「魔王さまが就任された際に、いくつかの決まり事を発表された。手紙の形をとっておったが、その魔力にはひれ伏すことしかできなかった」
本人に会っていなければ笑い飛ばしていたところだが、実際に会っているワルムは納得するしかない。
穏便に戻ってきたと思うが、彼の心の中を諮ることは難しい。
「巫女が許せば、里にも連れてきてくれるそうだ。魔王さまが約束してくださった」
「ならばいい。お前が無理強いして魔王さまと巫女さまの機嫌を損ねなかったことだけが救いだ。あとは天命を待つしかない」
魔王の機嫌は災害と同じ扱いなのか。気まぐれで、突然だ。
ワルムは、低く呻くことしかできなかった。
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