45.雨の記憶(サムエル視点)
クロゥの以前のパーティメンバーのサムエル視点です。
よろしくお願いします。
雨の記憶が、サムエル・フォースの頭の中にいつもある。
『お前ら、ほんと…弱いんだから…』
雨の中、佇んでいた少年はずぶ濡れだったが、もともと泣いていたのだろう。
顔も、ひどく濡れていた。
漆黒の短い髪、同じ色の瞳。15歳というまだ成人前の年齢にも関わらず、いつも10歳以上年齢を間違えられていた。強面で、眉間の深い皺が、より彼を凶悪にしていたからだろう。
身長もすでに180センチ近くある。ひょろりとしているが、それなりの筋肉がついた立派な体躯の持ち主だ。
そんな彼はいつも黒い衣服をまとっている。何色の液体がかかろうが水だと思えるから、と本人はいつものたまっているが、匂いでわかるよと仲間内ではささやかれていた。
今も錆びついた鉄のような匂いが彼からしている。
誰のものかは見当もつかないが、彼の傷でないことはわかる。攻撃も魔法も防御も。
仲間内で彼に敵う者はいない。
たとえ、ランクSの冒険者でどれだけ名前が売れていようが、彼には絶対に勝てない。圧倒的な力の差がそこには存在しているのだから。
だが、指摘されると腹が立つ。彼に指摘されるとなおさら。
彼に追い付きたくて、少しでいいから頼ってほしくてがむしゃらに腕を磨いてきたというのに。
そこまで弱くはない。それだけの実績を積み上げてきた。
今も国王からの直々の依頼を果たしてきたところだ。
その報告に、こうして彼のもとにやってきたのだから。
ダグラス、レミアル、サジェスト、アーベイン、メルディアナ、マーサ、カルティア、バング―――
だが、集まった誰も口を開かない。
仕方ないので、サムエルはなんとか口を開く。
この中で、一番の年長者はたぶん自分だろうから。
『クロゥ、そんなに俺たちをバカにしたいのか?』
雨の中、ゆっくりと少年は口を開く。
「フォースさん!」
「見ました、今の?!」
「上手にできましたよね?」
三人の少年少女が、はしゃいだ声をあげて駆け寄ってくる。
サムエルは瞬きをして、木々の隙間からのぞく青い空に目を細めた。
深淵の大森林は今日もうっそりとしている。
目の前にあるのは漆黒の髪でなく、淡い茶や金の髪色をした少年たちだ。
彼らの後ろには、ワームが二匹横たわっている。
大きさは2メートルほど。
下級の中でも小さいほうだ。
「お前らの装備は伝説級だからな。それだけの補助つけてようやくワームを二匹しか狩れないことにもっと落ち込め!」
「ええー、そこはよくやったって褒めてもいいと思うぜ」
12歳のシュゼッツがオリハルコン製の剣を振り回し口を尖らせれば、13歳でメガネをかけたトリンクが大賢者の杖を構えて頷いてる。
「褒められて、僕らは伸びるタイプですよ」
「そうだよー、褒めること大事! せっかくレベルもあがったのに」
トリンクの横で聖者の服に身を包んだリンが頬を膨らませている。
この世界は職業レベルというのがある。
レベルを上げるには損傷点と呼ばれるダメージポイントをためなければならない。経験値ともいわれるが、通常DPと呼ぶ。
敵を攻撃、もしくは補助などの形で戦闘に関わっている者には等しく加点されるシステムだ。
例えば武器や防具を作る鍛治士は、使用者が攻撃すればDPが加算される。なので、製作者は比較的職業レベルがあがりやすい。反対に聖者は戦闘中の補助魔法には加点されるが、治癒は加点されない。一方で探究者はサーチで敵を捕捉し、誰かが斃せばDPが加算される。
職業によって細かいルールがあるが、DPは強いモンスターほど多く得られるという点では単純だ。
リンは聖者なので、レベルが上がることが嬉しいのだろう。
それはわかるが、見ていて非常に歯がゆい。
彼らはランクFの冒険者たちだ。駆け出しの冒険者には深淵の大森林での戦闘が難しいため、冒険者ギルドのサポート制度を利用すればガイドをつけることができる。ガイド役にはランクA以上の冒険者が名を連ねているので、安心だ。
サムエルもそんなガイドの一人だ。
今は彼らのパーティのガイドをしている。それでも、下級のモンスターしか出ない森の入り口手前、いつでも帰れるところまでだが。
深淵の大森林は魔王のお膝元だけあって、上級の魔物や魔獣がウロウロしている。奥に行くほど、ランクS冒険者でも1人で相手するのは難しいモンスターがゴロゴロでてくる。
「トリンクは魔法の詠唱を途中で間違えただろ。シュゼッツは先走りすぎだ。もう少しワームの動きを観察してから動くように。リンはサポートが遅い。もっと早く補助魔法はかけてやれ。反省したら、記録係は記録しておけよ」
「うう、厳しい」
「僕らにはまだ魔法詠唱必要ですもんね。詠唱省略なんてレベル80以上ないとできませんから。もしくは詠唱省略できる付与効果のついた武器を使うか…」
「よせよせ、初めから詠唱省略の付与効果がついた武器で楽したら後がつらいぞ。省略したいなら魔法が馴染むまで詠唱し続けることだな」
「フォースさんは魔法にも詳しいんだな」
バルディッシュを肩に担いでサムエルは灰色の瞳をシュッゼッツに向ける。
バルデッシュは戦斧で三日月斧とも呼ばれる。150センチほどの柄の先は尖っており槍としても使うことができる。
斧闘家---それが自分の職業だが、ランクSの冒険者のためか広く知れ渡っている。
武闘家と斧槍士をレベル50以上にすれば得られる職業で、間合いに入られても攻撃できる近接戦闘職だ。
「俺のいたパーティは規格外なやつがいたからな。常識ってやつを一から覚え直したんだ。自分の職業以外も学んだぞ。ガイドするのに、普通を知らなきゃ務まらないからな」
実際、ガイドを始めた頃はランクFどころか同じランクSの冒険者の実力を知って愕然としたものだ。
サムエルのいたパーティで戦闘職なら1人で瞬殺できた土トカゲ一匹に全員でかかってやっと仕留められるレベルだったのだから。ちなみにクロゥインは一人で十匹以上の土トカゲを細切れにできる。魔法でも剣でも拳でも、だ。
本当に規格外過ぎて目眩がする。
冒険者の育成を一番に掲げたクロゥインに賛成するのは早かった。その前に自分たちこそ鍛えろと深淵の大森林の奥に送り込まれたが。
あの時のクロゥインの気持ちが、今の自分と同じならあの雨の日のセリフも納得せざるを得ない。
彼のスパルタがあって、今のサムエルがいるのは間違いないのだから。
くすんだアッシュブロンドのやや長めの髪は耳まで隠す。だが、耳には彼からもらった銀のシルバーリングが光る。自分たちが弱いと告げた、彼の庇護者への贈り物だ。
「サムエルさんってギルマスと同じパーティだったんですよね」
「あたし、あの人怖い…」
「俺も。視線向けられるだけで逃げ出したくなる」
彼らの反応は本能に忠実だからだろう。冒険者は直感を大事にする。それが長く冒険者を続けられる秘訣だ。彼らはいい冒険者になるための素質がある。
「ギルマスにビビるのが正常な感覚だ。無駄口叩いてないで、もう一戦いくぞ。ほら、前から来る」
「うげ、モンキーフェイクだ」
「猿もどきのくせに強いんだよね」
「でも、数がおかしくないですか?!」
前から来たモンキーフェイクは10匹以上だ。
猿のように小さな体だが、脚とパンチの威力は強烈だ。素早さもあるため、ランクFでは1匹を相手にするのが精一杯となる。
下級モンスターだが、数が多いと始末が大変なのだ。
「お、こりゃだめだ」
サムエルは三人の前に出ると、バルディッシュを横に払う。数匹はそれで切れたりつぶれたりするが、残っているものには、そのまま拳をお見舞いする。顔面が吹っ飛ぶほどの威力のあるパンチだ。
一瞬で、現れたモンキーフェイクは死体となった。
途端、サムエルの頭の中で女性の声が聞こえる。
『モンキーフェイク15匹討伐しました。損傷点1800点獲得』
冒険者のギルドで称号プレートを作ると、自動的にインフォームという魔法がかかる。
今の自分の状態を説明してくれる音声魔法だ。
職業が上がったり、状態異常になった場合にもお知らせしてくれるので重宝する。
「すっげー」
「フォースさん、強い!」
「さすがはランクSの冒険者ですね」
「感心してないで、記録係は記録だ。数は15匹だぞ。そうしたら、帰り支度だ」
「え? もう帰るのか? 体力はまだいけるぜ!」
「魔力もまだ残っていますよ」
「あたしも!」
口々に叫ぶ3人を見下ろして、サムエルは静かに首を横に振る。
「ワームが入り口で2匹いるときに気づけばよかったんだが、この森は閉鎖期間に入る」
三人はひゅっと息を飲んだ。冒険者ギルドの研修所できちんと勉強したのだろう。
情報は冒険者にとって必須だ。時には武器になり、防具にもなる。
生死を分ける。
「レッド・カーニバルだ。体力、魔力は温存しとけよ。DP稼ぎまくりだからな」
お読みいただきありがとうございました。




