44.ペットと散歩
市長館で食べる夕食の後、散歩に行くのが最近の俺のルーティンワークになっている。
ペットを、中でも犬属性なら、散歩に行くのが普通だとペット自慢を始めた俺に貸出屋のフォージが力強く勧めたからだ。
「よし、マヤ、散歩に行くぞ」
「うん!」
大きく頷いて胸に飛び込んできた少女を抱き留めると、そのまま自分の腕に座らせる。マヤの小さな手が首にするりと回ったところで、俺は転移の魔法を唱えた。
瞬きの後には、海岸近くの砂浜に立っていた。
打ち寄せる波の音は静かで、白い砂は淡く輝く。だが、ここの海岸線のお勧めなところは、細い月明かりの下、淡く青色に発光している岩に付着している物体だ。砂浜からところどころむき出しになった黒色の岩の上にべっとりとついているものが神秘的な雰囲気を醸し出しているので、物体の正体については目をつむる。
「ここどこ?」
「南の島の一つだな、ほら暖かいだろ?」
「マヤには少し暑いよ」
「そうか? ええと、適温の魔法は…」
「これくらいなら魔法を使わなくても大丈夫だよ。それより、あのいっぱいの水なに? この前の湖より大きいよ。それに、なんで音がしてるの? なんで光ってるの?」
人狼の里の神殿にほとんどこもりきりだったマヤは、外の世界の情報に疎い。
フェーレン市の街中を歩くだけでも、最初の頃はきょろきょろと見回して興奮していた。
いつかは王都も見せてやりたいと思う。
手始めに俺が今まで旅した場所を散歩といっては連れ出している。
その前は山に行って、雪の中を楽しそうに転がっていた。
その前は湖に行って、さんざん泳ぎ回っていた。
はしゃぐ姿を眺めるだけで、一日の疲れが吹き飛ぶ。
「あの水は海だ。塩辛いから湖の時みたいに飲んじゃだめだぞ。音は、波っていって、ああやって砂浜に寄ってきて戻っていくんだ。光ってるのは、まあここいらの名物というか…まあ、気にせずに泳いできていいぞ。いつものように俺からあんまり離れないように」
「うん!」
マヤは靴を脱ぐと、素足のまま波に向かって走り出す。
「あんまり青く光ってるものには触らないほうがいいぞ」
「わかったー」
気分のいいものじゃないからな。
俺は心の中でこっそりとつぶやく。
「冷たいー 気持ちいいー」
今日のマヤの恰好は、黄色のワンピースだ。月明かりでもしっかりと光を受けて、銀色の髪をなびかせてきらきらとまぶしい。
穏やかなペット生活に心から感謝を捧げる瞬間だが、ふと聞こえた唸り声に眉を顰める。優秀な俺の耳はうっかりと音を拾っているが、距離はそこそこあるように思う。
俺の魔力を察して一瞬でこの海岸から離れたようだが、様子をうかがうように何匹かは周囲にいる。
この南の島は、デフォルミという上級の魔物の巣になっているから、そいつらだろう。
ドラゴンの親戚のような姿をしており、10メートルほどの大きな体だが、やたらと動きが速い。背中には退化した小さな羽が生えているがもちろん飛ぶことはない。
だがそのスピードを生かした巨躯の体当たりは、一瞬で獲物をしとめる。
なので、この島付近には一般人の立ち入りはない。
おかげでやつらの楽園のような有様になっている。
ちなみに青く光っているのはやつらの子種がたくさん詰まった液体である。
ここはデフォルミのデートスポットなのかもしれない。
そんな概念があるのかはわからないが。
歯向かってくるなら、一瞬で殲滅すればいいが、島を壊さないようには気を付けたい。
マヤも楽しんでいることだし、できるならまた連れてきたい場所だ。
物体について考えなければ、それなりに幻想的に見える場所でもあるからな。
「クロも一緒に遊ぼう!」
「いいけど、今度は転ぶときは一人で転べよ」
湖でも同じようにマヤと水遊びをしたのだが、へりに座っていたマヤが覗き込みすぎてうっかり湖に落ちて、俺の服を掴んでいたこともあり、二人一緒に夜の湖を泳ぐ羽目になったことは記憶に新しい。
乾燥の魔法で乾かせるので、別に問題はないのだが。
「うう、ごめんなさい。クロ、怒ってる?」
はしゃいでいたマヤがしょんぼりしながら俺に縋るような視線を向ける。ぺしゃんとうなだれた耳としっぽが可愛くて仕方がない。
俺の心臓が持たないので、大股で近寄るとぐしゃぐしゃと銀髪を撫でた。
「怒ってない、単なる意地悪だ」
「クロのイジワル…」
俺は動かない表情筋を使って破顔すると、乱れたマヤの髪を謝罪を込めて整えた。




