43.墓参り/続・内緒の式典(ダグラス視点)/魔王城の夜(デミトリアス視点)
作業の都合上、本日は3話アップです。話が飛んだと思われる方は2つ前からどうぞ。
よろしくお願いいたします。
「あら、今年はかぶってしまいましたわね」
静かに後ろから声をかけられて、俺は振り向かずに墓を見つめた。
「去年もその前も会わなかったな」
「あなたが置いていった酒瓶を持ち帰ってあげたわ、ありがたく思って?」
「ああ、感謝する」
墓標にはバウムディッヘン・エーゼルバッハの文字が並ぶ。何度見ても、違和感しか感じない。気さくで下品で、いつも酒ばかり飲んでいた男が、まさかのお貴族さまだと知ったのは彼が亡くなってからだ。
騎士仲間には言っていたのかもしれないが、俺は一度も聞いたことがなかった。
バウムとしか呼ばなかったから。
小さく土を踏みしめる足音が、俺の横で止まる。
記憶の中よりも背の伸びた少女が、酒瓶の隣に花束をそうっと供えた。
金色の長い髪を揺らして、少女は黙祷を捧げる。
しばらくして、顔をあげた。兄と同じ澄んだ青色が、まっすぐに俺を射抜く。
「元許嫁にも両親にすら見向きもされない兄だったけれど、あなたには好かれていたのかしら」
「俺だけじゃないけどな」
彼を慕っていた仲間は、あの日一緒にいなくなってしまったから、墓前を訪れる人は少なく思えるのかもしれない。
「そう。もう私には知ることはできないけれど、兄が未来のないろくでなしの反国王派だったと思わなくてすむのは有り難いわね」
「なんだそりゃ」
「両親の口ぐせよ。今ではすっかり耄碌しているけれど、昔は兄とそんな口げんかばかりで」
俺が前国王を殺したので、息子が若くして後をついでいる。彼はまだ話が分かる男だ。前王の腐った政治を一新し、新政権を確立した。うまい汁を吸っていた輩は、衰退の一途を辿ったが。
バウムの家も没落したのだろう。
「貴族が嫌いで酒癖の悪い兄でしたけど、私にはやさしかったのよ?」
「知ってるよ、リミリィ。あいつの自慢のお姫さまだもんな」
「ふふ、懐かしい」
微笑んだ少女は、一筋涙を溢した。
「今度、嫁ぐことになってこれまでのようにはここに来られなくなってしまって。最後にあなたに会えて良かったわ」
「気にくわない相手か?」
「いいえ、すごくいい人よ。優しくて穏やかで、酒癖も悪くないわ。兄のことは知らないけれど、両親の面倒までみてくれるの」
「嫌になったら、いつでも連絡してくれ」
「もう兄はいらないわ、ありがとうクロゥイン」
少女は涙を拭って、踵を返した。
「あまり、兄に飲ませすぎないでほしいわね」
「リミリィの門出を祝う酒くらい好きに飲ませろって言うさ」
明るい少女の笑い声が墓標に弾けて消えた。
・・・・・☆・・・・・☆・・・・・☆・・・・・☆・・・・・☆・・・・・
「偉大なギルマスとの出会いは、今から遡ること30年ーーー」
「ギルマスは老けてみえるが、まだ25だぞ!」
「ギルマスがここにいたら、確実に八つ裂きにされてるぞー」
「ちょっとサバ読んだだけだろ、とにかくあのレッド・カーニバルの最中に一人勇敢に立ち向かい…」
壇上では冒険者の男が威勢よく話し、周囲からヤジを飛ばされている。
話はクロゥインが、初めてレッド・カーニバルに参加した時のことだ。確かにあの時ばかりは彼の尋常ではない力に助けられた。
ただひたすら、人数を向けて何か月も深淵の大森林にこもり、戦い続ける日々。
生きているのが不思議なくらいだ。
ダグラスは懐かしい気持ちで舞台を見つめる。
舞台に掲げられた垂れ幕には『市長またはギルマスとの思い出を語ろう! 献品しよう!』と堂々と書かれている。
「というわけで、俺の心の師匠であるギルマスにこの『クーエリアの酒』を捧げる!」
「おおおおーーー」
「そりゃ、すげぇ!」
「男だね!!」
クーエリアの酒は、酒の神に嫁いだとされる乙女の名前で、まろやかな味わいに深い甘みを感じさせる甘露のような酒だ。幻の酒の一つと言われている。
ちなみに、ここで捧げられた供物は、スタッフで山分けとなる。
なんせ本人には秘密で行っているため、堂々と渡すことができないからだ。では個別の贈り物として献上してはどうかとなったが、市長への贈り物は賄賂になりかねないとクロゥインが拒否するし、冒険者ギルド長への心づけも禁止されている。そもそも仮の立場なのだからもらっても困ると断ってしまう。
参加者もそれはわかっているのだが、お宝を披露できる場なので、盛り上がることしきりだ。
「では、続きまして、エントリーナンバー78番、サジェストさんによります『愛と青春と俺と君』です」
司会のアニーの紹介で現れたのは赤い髪の男だ。
「サジェストです、今年も参加させていただきます。俺とクロゥインの出会いといえばーーー」
「毎年同じ話ばっかりだぞ!」
「兄ちゃん、ほかの話をしろ!」
「俺とクロゥインの出会いをより美しく語っているというのに無粋だな」
それは、脚色という名のフィクションでは?
心の中でつぶやきながら、ダグラスは壇上に意気揚々と語りだしたサジェストを見つめる。
「あいつも本当に相変わらずだな」
「私、このお話好きですよ?」
「アリッサちゃん、完全に物語聞いてる気分になってるね」
話すたびに出会いの場所やその時斃したモンスターなどが変わっているのだから、ある意味物語でもいいのだろうが。
「本当のところは、ダグラスさんが教えてくれましたし」
「盗賊してたサジェストをクロゥインが捕まえたってだけなんだけどな」
サジェストは空間魔法を利用して盗みを働いていたのだ。それをクロゥインがあっさり捕まえた。よほど悔しかったのだろう、しばらく付きまとってきていたのが、そのままパーティに仲間入りした。
「というわけで、今年も俺の愛を君に捧げます『バミュキュラの枕』です!」
「ええ?! あの幻獣で枕作っちまったのか?!!」
「やべえよ、兄ちゃん、そりゃやべえって」
「愛が重すぎる、というか常軌を逸してる」
会場中がどよめく中、アリッサがきょとんと瞳を瞬いている。
「そんなに珍しいんですか?」
「そりゃ、世界に10匹といない幻獣の中でも幻に近いバミュキュラの毛で枕なんか作られたら常識を疑うさ。確か魔価150、強度680の杖や魔法剣が作れるはずだ」
普通にクロゥインに渡せばいいものを、こうして披露していくあたり、あいつの本気度がうかがえる。張り切ってるなあと苦笑するしかない。
「ダグラス、いたー」
淡い水色のワンピースを着たマヤが、銀色のしっぽをふりふりさせながら立っていた。
少し落ち込んだ表情に、ダグラスはおやと思う。
「あれ、マヤちゃん。こんな外に出てくるなんて珍しいね?」
「おうち、誰もいない。クロも昼寝起きたらどこかへ行ったよ。マヤ一人」
「やっぱりあいつ戻ってきてたか。昼寝時間を中断させておいてよかった」
式典は2部構成で、午前の部と午後の部がある。
屋台はずっと出ているが、13時から14時の間は誰も働かないので、休憩にしてもらっていた。
ちなみに午前の部は9時から12時まで。午後の部は14時から16時までだ。
クロゥインが戻ってくるのが、夕食ごろなので安全を見越した完璧なスケジュールを組んでいる。
「そうか、デミトリアスたちも準備に行くって言ってたもんな。一人にしてごめんな」
「今日、なに? みんな何してるの?」
「今日は、クロゥが働いてくれてありがとうって感謝する日なんだよ」
「クロ、いないよ?」
「クロゥインは参加しないんだ。こういうの嫌いだから怒っちゃうんだよ。だから、あいつには内緒でやるんだ」
仮の立場だと騒いでいるクロゥインが、就任記念イベントなどに参加するはずもなく。しかもこの時期は苦い思い出しかない彼にとっては、ますますこういう祝い事を行う気にはなれないだろう。仮の立場になった理由にも結び付く。
「ふうん、あそこでクロに言えばいいの?」
「そうだけど、ってマヤちゃん?!」
マヤはひょいと駆け出すと、舞台にさっさと上がってしまう。司会進行のアニーがエントリーシートを見ながら、目をまわしている。
「あれ、次は、えーと誰?」
「マヤだよ」
「うおー、ちびっこ、がんばれ!」
「かっわいいー」
「獣人の女の子だ」
むさくるしい男どもから黄色い声を受けた銀狼の少女ははにかむように笑う。
「ええと、クロ、大好きだよー、いつもぎゅってしてくれてありがとう!」
一瞬の静けさののち、野太い男どもの唸るような歓声が地の底から響き渡ったのだった。
この日、伝説を残した式典は異様な盛り上がりを見せたまま、幕を下ろした。
クロゥインがロリコン疑惑を持たれたのは言うまでもない。
・・・・・☆・・・・・☆・・・・・☆・・・・・☆・・・・・☆・・・・・
「ふむ、そろそろ21時になりますか」
「今年もダメじゃったか…」
「朝から用意したのにねぇ」
並べられた料理の前で、三将軍とデミトリアスはしみじみと杯を傾ける。
魔王城のいつもの玉座の間ではなく、大広間にテーブルを作り、クロゥインを模した人形も運び込んでいる。
薄暗い光は同じだが、神々しいまでに飾り付けられた大広間に、本物の主がいないだけでむなしさが募る。
「そもそも、人間どもと同じ日にするからいかんのじゃ」
「別日にして、我が主が街主催の方にだけ参加してこちらに来てくれなかったらさらに悲しいではありませんか」
「アンタの意地ってわけだねぇ」
「今年こそはこのミュルンミュルのスープを魔王さまに食していただくつもりだったのに」
グアラニーはぐつぐつと煮え立っている鍋を見下ろしてため息を吐く。
紫色をした鍋は奇妙に渦巻いているが指摘する者は誰もいない。
「アタシだって、この磨き上げた体を魔王さまに堪能してもらう予定だったさ」
「我が主に以前叱られていたでしょうに、懲りないですね」
「いやよいやよも好きのうちってね。はあ、また来年に賭けるしかないねぇ」
「やり方を変えてみるのはどうじゃ?」
「どうするのさ?」
「それがわかれば苦労はせん」
「………」
デミトリアスは一口酒を飲むと、主を模した人形を見つめる。
21時には寝てしまう主はすっかり夢の中だろうか。
「10周年おめでとうございます、魔王さま」
『我らが魔王に栄光あれ』
デミトリアスが杯を掲げると三人も同じように杯を掲げる。
「招待状くらい作ってもいいじゃないか?」
黙って酒を干すと、ポツリとタッガーがつぶやいた。
「招待状か、いいんじゃなかろうか」
「そうだねぇ」
「慎重に事を運ばないと、魔王就任記念だなんてばれたら燃やし尽くされますよ。まずは招待の名目をきちんと整えなくては」
「なるほど。では、魔王さまを集う会でどうじゃ?」
「魔王という名称がもうアウトですね」
「じゃあ、アタシを愛でる会なんてどうだぃ?」
「誰も来ませんよ」
「な、アンタ! 上等だよ、アタシにケンカ売ろうっていうのかぃ?!」
「落ち着け、パロニリア。もっと魔王さまが来やすい名目のほうがいい。剣を讃える会ではどうだろう」
「魔王さまは便宜上剣を持っているだけで、正確には魔法使いじゃろう? 杖の方がいいんじゃないか」
「いえ、武器は基本的に興味はありませんよ。杖を使って魔法使っているところなど一度も見たことありませんから。剣なんて鋼の剣ですしね」
昔はオリハルコン製の剣を使っていたようだが、彼自身が魔法でうっかり消し去ってしまってからは鋼の剣を使っている。さすがに魔法で強化させてあると本人が言うので見せてもらったが、あれを単なる鋼の剣だとは言えなかった。
なぜなら、神剣レベルにまで、もしくはそれ以上に強化されていたのだ。
杖はというと魔法の制御がしやすくなるという利点がある。魔価が高いものなら、消費魔力を抑えながら威力のある魔法を使える。利便性のための道具だ。
たいしてクロゥインは魔法の威力を抑えようと苦労している節がある。杖や剣を使うのもやりすぎないようにするためだろう。
呪文の詠唱省略も膨大な魔力消費を伴う。失敗すれば威力も半減だ。
だが、クロゥインは少しも気にした様子がない。
どれほどの魔力を有しているのか、想像を絶する。
「じゃあ、どうすればいいんだぃ?」
ううむと四人で頭を悩ませる。
こうして静かに夜は更けていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。




