42.果物収穫/内緒の式典(ダグラス視点)
作業の都合上2話アップです。
話が飛んだと思われる方はひとつ前からどうぞ。
よろしくお願いいたします。
「よくきたね、小僧。時間どおりに来られるところだけは褒めてやるよ」
「相変わらず、口汚いババアだな」
「なんか言ったかぃ?」
ぎろりと睨まれて、俺はひとまず黙る。
目の前を歩くのは俺の腰ほどにしか高さのない小柄な老婆だ。
今にも潰れそうなあずま屋に一人で住んでいる。周りは広大な畑で、周囲に民家はない。
朝の9時ぴったり、鐘の音とともにこの地に転移した俺は、青い空の下、ポツンと建つ家を見上げる。どこか物悲しさがあるのは俺の感傷のせいだろうか。
ここはフェーレン市の東に位置する寒村だ。昔はもう少し人がいたが今ではこの老婆しかいない。
「元気そうで、安心したよ!」
「なにが元気そうだ、足も腰もガタガタで、ちっとも言うことききゃしないよ。どこ見ていってんだい、このぼんくら」
「そうかよ」
「無駄口叩いてる暇があるならとっととおやり」
「へーへー、了解しましたよ。ちゃんと家の中にはいっとけよ。まぁ、そのボロ家が安全とも言えないけどな」
「なんか言ったかぃ?!」
「なんでもねぇよ!」
ババアが家の中に入ったのを確認して、俺は家全体に結界を張る。
これで事前準備は整った。
俺は地震の魔法を唱える。
『サイズミック・トレマー』
ごごごと揺れが始まり、数十分でおさまると、今度は畑が波打つ。次の瞬間、土を貫いてボコッボコッと巨大な影が空に向かって伸びる。
「毎年、毎年、本当に飽きないな、お前は」
体はほとんど地中に埋まっているが、茶色の蛇に似た頭だけのぞかせてもすでに5メートルはある。それが100本以上いて畑を埋めつくしているのだ。
ここの畑の作物が目当てなのか、フェーレンの土地柄か。
毎年現れる魔物の習性には呆れるばかりだ。
俺を見下ろしながら、大きな口を開けて牙を向く。火が少しこぼれているのは炎を吐くからだ。
ラドゥーンと呼ばれる、100の首を持つドラゴンの一種だ。
「こんだけなにもないと、気兼ねしなくていいのが有り難いな。『リフリジェレイション』」
最大出力でラドゥーンを凍らせる。百の氷像は何度も見ても壮観だが、寒い。
「『エアロ・スマッシュ』」
風圧で粉々に打ち壊した。『エアロ・スマッシュ』は風魔法なので、暴風のような嵐が一瞬で駆け抜ける。
魔法士の魔法の中でも中級になる。
氷の粒がきらきらと日の光に照らされて七色に輝きながら地面へと消えた。
「おーい、ばあさん、終わったぞ」
家に向かって声をかけると出てきた老婆が目を剥いた。
大きな穴が無数にあいた畑は、竜巻に巻き込まれたようにぐちゃぐちゃだった。
「あんた、また畑ごと吹き飛ばしたね!」
「あ、しまった」
「毎年、畑に被害出さずにやれって何度言わせる気だい、この能無しが!」
「いや、ラドゥーンが現れる時点でぼこぼこになるからっていつも言うだろう? 畑に被害なしは無理だって」
「まったく減らず口ばかりいっちょ前だね、小僧。この畑を楽しみにしているお客さんにも同じように言い訳してみな!」
「悪かったよ、ほら」
土魔法を使って畝を作り、水魔法で水をやって、時間魔法で成長を促す。
畑には一瞬にして、一面に緑が生い茂った。
「全く、アンタにはデリカシーってもんがないんだ。生やせばなんでもいいと思って…ちったぁオーエンを見習いな」
「あいつ、ほんと女にマメだったからな。まぁ、一回刺されそうになってたけど。いや、三回か?」
「なんだって?! 全くあのバカ息子は…父ちゃんに似て下が緩いんだよ! せっかく整った容姿に産んでやったっていうのに。親不幸もんだね」
怒りながら、老婆の目にはうっすらと涙が浮かぶ。気づかないようにして、実った実をもぎ取る。バーグと呼ばれる柑橘類だ。緑色の手のひらほどの大きさの丸い実をつける。
ラドゥーンはこの実が欲しくて、種をまく時期に現れ、成長を待っているようなのだ。
毎回、粉々に粉砕しているので同じやつではないと思うが、つぎの年にはまた現れるのが不思議ではある。
「アンタ、またテキトウにもぐんじゃないよ。実が傷ついちまうだろ」
「俺の報酬だろ。今から食べるんだからいいだよ。それと、いつものやつ作ってくれ、腹が減った」
「そんなすぐにはできないよ、待ってる間に収穫手伝いな。横着せずに手で一つ一つ丁寧にもぐんだよ」
「へーい」
「返事くらい、ちゃんとおしっ!」
「はい!」
老婆は鼻を鳴らして家へと戻っていく。
いつだったか魔法でバッサリ刈り取ったらしこたま怒られたので、俺は言われたとおりに丁寧に実をもいだ。そのまま、空間魔法でしまう。
爽やかな柑橘類の香りが鼻腔をくすぐる。
フェーレン市の特産品の1つで、この地域でしか作られない。今では、この場所だけになってしまったが。
オーエンはいつかこの畑をつぐために、足腰のしっかりした尻の大きな女を嫁にするんだと言っていた。
確かに女の尻にはよく敷かれて理想通りだな、と笑いになるところまでが定型だ。
「今年もお前の好きな酒がたくさん出来そうだ」
この実を使った酒をオーエンは俺が成人したら一番に飲ませてやると語っていたのだ。いつも墓参りにはかかさず、持っていっている。
女を口説くのにもよく使われていた酒なので、俺としては感慨深くはあるが。
「もう10年になるんだな」
前魔王に王国の騎士が殺されてから、それだけの月日がたったが、なぜか懐かしいとは思えなかった。
「オーエン、俺、あんまり酒は好きじゃないみたいだ」
そんなこと言えば、本当の酒のうまさを教えてやるって意気込んできそうだな。それともまた、見た目に反してお子様だと笑われるだろうか。
想像して、少し笑う。
バーグをかじれば、甘酸っぱい味が口の中に広がった。
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「それでは、第10回フェーレン市長就任記念式典および第10回冒険者ギルド長就任祝いを開催させていただきます」
アナウンスが盛大にフェーレン市街に流れる。
ぽんぽんと花火がいくつか打ちあがり、開催を知らせるファンファーレが鳴り響いた。
広場や通りには屋台が所せましと並ぶ。
市民もこぞって参加するため、人で溢れかえっている。
「まずは開会のあいさつをフェーレン市副市長より伝言をいただいておりますので、読み上げさせていただきます。『この度は第10回フェーレン市長就任記念式典を開催されることお慶び申し上げます。10回目という節目に挨拶させていただく名誉を賜りましたこと厚く御礼申し上げますが、体調がすぐれないためこのような形を取らせていただきますことご了承くださいますようよろしくお願いいたします。さて、屈辱的な日からもう10年になるのかと思うと感慨深くはありますが、遺憾ながら申し上げさせていただきますと―――』」
「相変わらず、あのじいさんは恨みごとばっかりだな」
司会を務めるジルを眺めながら、ダグラスは横に立つアリッサに話しかける。華やかな薄い桃色のスーツにかっちりと身を包んだアリッサは背筋を伸ばして、会場となる舞台を見つめた。
「実害はないので大丈夫ですよ。それより、市長には気づかれませんでした?」
「朝ごはん食べたら、食堂からすぐに跳んでたから大丈夫だろ。毎年、あのばあさんには早い時間を指定してもらってるしな」
「騎士さまのお母さまでしったっけ」
「殺しても簡単には死なないような頑丈なばあさんだから、気兼ねしなくて平気だよ。口は悪いが、クロゥが行くのをいつも楽しみにしてるみたいだしな」
「そうなんですね。ああ、そろそろ止めないと、挨拶だけで式典が終わっちゃいますよ」
副市長の恨み言はまだ続いている。毎年、挨拶を依頼するのも考えた方がいいのでは、と思わなくはない。
「続きまして、冒険者ギルド副長より伝言をいただいておりますので読み上げさせていただきます。『第10回と聞いて、私のこの恐怖の記憶が薄れるどころか、未だ鮮明に焼き付いているのであります。そう、あの日、この目の前で見た光景を…』あれ、これ、お祝いの挨拶?」
「失礼いたしました。続きまして、祝いの魔砲弾を上げさせていただきます。では、皆さまご一緒にカウントダウンをお願いします。5・4・3・2・1---」
ジルから無理やり引き継いだジェニファーが、あっさりとカウントダウンを始める。
ボボボンっと空に盛大に上がった魔法が『第10回』やら『おめでとう』やら文字を描く。
どこまでも華やかで明るい雰囲気に、ダグラスは思わず口の端で笑った。
こんな明るい空とはまるで反対の境地にいるだろう、男を思って。
お読みいただきありがとうございました。




