25.深淵の大森林の結界(デミトリアス視点)
デミトリアス視点です。
よろしくお願いいたします。
カキンという硬質な音が頭に直接響いた。
デミトリアスは磨いていた食器をそっと棚に戻して窓の外、深淵の大森林へと目を向ける。
窓の外の景色は、整えられた庭が広がるばかりだが、そのはるか向こうの青い空の下には漆黒にも見える深い森が広がっている。
デミトリアスが仕える主は(仮)魔王だが、(仮)市長でもあり、(仮)冒険者ギルド長でもある。
そんな彼が大事にしているのが睡眠であることは我が身をもって知っていた。
なぜなら、主の元に馳せ参じてすぐに、昼寝の邪魔をして半死の目にあったからだ。
体に叩きこまれた、といっても過言ではない。
結果、主人の居住空間を快適にすることに心血を注いでいる。
特に寝室へのこだわりは半端ない。
魔王城の王の間を作った時にはそれほど感動されなかったが、市長館の一角、彼の寝室を整えた時には、ものすごい褒められた。それ以来、執事のように館を整えてきた。
10年もやっていれば、それなりの矜恃はある。
その大切な仕事を邪魔されたのだ。
中庭へと続く扉を開け放ち、ばさりと漆黒の羽根を広げる。そのまま転移する。
目的地は北門よりやや西の位置だ。
目を開けると、広がる森の隙間から閃光が走る。結界にぶつかり、ばしんと霧散した。
カキンと、また頭の中に音が響いた。
結界に力が干渉している証拠だ。
主が張った結界に干渉する輩が横行していたときに、主を煩わせずすぐに対処できるように信号を発して貰うように頼んだのだ。どういう原理かはわからないが、こうして結界に負荷がかかると頭の中で音がするようになった。クロゥインは探知魔法の応用だと笑うだけだったが。
こともなげに笑うさまに、身もだえてしまったのは仕方ないことだと思う。
それはともかく、昼を過ぎれば主の至福のお昼寝タイムだ。小物たちにかかずりあっている場合ではない。
結界を通り抜けると、眼下を見下ろした。
この結界は登録してある者は無条件で通過できる。
主がそのように設定したそうだ。
広範囲の結界に詳細な条件を盛り込んだ半永久的魔法など魔族の中でもできるものは少ない。
ましてやこれほどの強度では、誰もできないだろう。
やはり彼を人間とは思えなかったが、だからなんだというのだと改める。もう彼は彼という存在なのだ。それで完結している。
木々の隙間から焦げ茶色の物体が蠢いているのが見えた。
土トカゲだ。
泥地帯に住むトカゲだが、大きさは大人の3人分はある。しっぱが長く、胴が太い。
魔物の中でも低級だ。大きさが変われば中級になるが。
どちらにせよ、自分の敵ではない。
魔法を使って一掃しようとしたとき、ピシュっと光線が横を通りすぎた。
飛んできた方向に目を向けるとやや開けた場所に小柄な男が仁王立ちしている。
猿に似た容貌に、リスのように大きなしっぽをぴんと逆立てている。
額には赤く光る宝石に似た石が埋め込まれている。
カーバンクルという種族だ。
深淵の大森林のどこかに住んでいる幻獣の1種で、基本的に姿を現すことはない。
広い場所は木々を倒したからだろう。光で焼かれ炭となった巨木がいくつも倒れていた。
森の中で暴れまわっても主は怒らないが、これが街中だと思うと頭が痛くなる所業だ。
「ようやく現れおった、貴様が今代魔王だな」
「いえ、違いますが」
「何っ?! それほどの魔力量で魔王ではないだと…信じられん」
驚愕に目を見開く男は土トカゲを従えそこそこの力を有しているようだが、結界を破れない時点で主の相手にならないほどの力量だとわかる。
さっさと始末しなければ、お昼寝に差し障る。
「だが、儂らには時間もない。なんとしてでもこの結界を越えなければ」
「時間が限られているのはこちらも同じですが。魔王に成り代わるために暴れているのではないのですか?」
「魔王になど興味はない。だが、この結界が儂らの行く手を阻む以上戦うしかないのだ」
主は常々、街に入りたい者は客だから遇しろと言っていた。
つまり、デミトリアスがこの者たちを消し炭にするとクロゥインに怒られるという図式が成り立つ。
「結界を抜けたいのなら門を通りなさい。魔王さまからの通達が出ていたはずですが」
「な、通ってもいいのか? 儂らは人間ではないぞ」
主が魔王に就任した際に決めたいくつかのルールを深淵の大森林に向かって魔法で通達したのだ。
あれは確かにすごい魔法だったが、手元に届くと消えてしまうので10年前にもなるとあまり記憶に残っていないのかもしれない。
そもそも幻獣に送っているのかも怪しいところだ。
「魔王さまが治めている人間の街ですから構いませんよ。この結界はあなたたちを閉じ込めるものではなく、管理するためのものですから。通行は自由ですよ。ただし、街の人間や建物を壊せばその身であがなっていただきますが」
条例で決めてあると、クロゥインが以前話していた。北門に詰めている兵士たちも基本的には攻撃してこない。
「恩に着る」
男は頭を下げて、東に向かっていくのだった。
その後ろを土トカゲがついていく。さすがに土トカゲは街には入れないだろうが。
「しかし、私にはメイドのベッドメイキングがきちんとできているか仕上げの確認をする必要がありますからね…」
主の寝台はメイドが整えるのだが、最終確認を行うのは自分でありたい。
なぜなら、主人が快適に過ごせるように努めることが、至上の喜びなのだから。
一抹の不安を感じつつ、デミトリアスは踵を返して結界を通り市長館へと戻るのだった。
お読みいただきありがとうございました。




