26.囚われのサジ(サジェスト視点)
サジェスト視点です。
よろしくお願いします。
客室で、サジェストは短く息を吐いた。
ベッドの端に腰かけていたので、ぎしりと寝台が軋む音を上げる。
クロゥインが見たら、難癖つけそうな置いてあるだけの質素なベッドに、苦笑する。
彼は元気だろうか。
いや、元気には違いない。彼が弱っているところなど想像できない。
きちんと眠れているかどうかを心配したほうがいい。
彼が眠れていないと困るのは周囲なので。
その迷惑すら、自分にとってはご褒美だが。
クロゥインの心底、軽蔑したまなざしを思い起こして震える。
ああ、どうして彼はここにいないのだろう。想像だけでは限りがある。
彼との通信手段を奪われてもう3日だ。
銀のイヤーリングは宝物でもある。それをあっさりと奪われたのだ。
屈辱的で、今でも怒りが沸々と湧き上がる。
自分から離れれば、クロゥインの元に戻る魔法がかかっているので在処については心配はしていないが。
そろそろ禁断症状がでてきた。
クロゥイン不足だ。
繋がっているものがないと不安になる。
彼のこれまでの武勇伝の数々を思い出してなんとか平静を保っていたが、それも限界だ。
イライラして落ち着かない。
自分の赤い髪をかきむしってみるが、それでも波立つ感情は抑えられない。
と言っても、魔力が枯渇しており召喚魔法1つ使えない自分では、たいして暴れることはできないのだが。
「サジェストさま」
猿に似た容貌のつぶらな瞳をした女が、心配げにこちらを見つめている。
彼女の腕にはまった魔力封じの腕輪がしゃらんと音を立てた。
サジェストの魔力が枯渇したのは、彼女のせいなのだが、それを責めることは難しい。
そもそも貴族に幻獣を召喚して欲しいと依頼されたことが始まりだ。
ふらりと立ち寄った酒場で、隣の席になった男がうまい話があると俺に持ち掛けてきた。
幻獣を召喚すれば、金貨10枚以上の報酬が入る、と。
幻獣の召喚は難易度が高い。
召喚魔法は自分のレベル以上の存在を呼び出すことは不可能なのだが、幻獣は総じてレベルが高いからだ。
また召喚魔法は相手の魔力量の2倍を消費する。
単純にレベルが上だからといって呼び出せるものでもない。
だが、幻獣は高値で取引される。生きていても死んでいても利用価値が高い。
一体なんの目的で幻獣を集めているのか気になって、サジェストはその貴族の館に足を運んだ。
チュゲン伯爵の屋敷は、伯爵家らしい規模だったが、趣味の悪い作りになっていた。
華美さだけを追求した調和のとれていない家具や調度品に囲まれた小男の隣には、ウェルシー侯爵という貴族がふんぞり返っていた。
領主の友人で、王都でもそれなりの権力を持つらしい。
彼は闇市の主催者で、ひそかに幻獣を集めているのだという。次回の闇市のテーマが幻獣祭りなのだそうだ。
すでに何匹かの幻獣は手に入れているが、目玉商品といえるものがないとのこと。
こちらが呼び出した幻獣を混ぜて、捕まっている幻獣を開放することにしたサジェストは、彼の命じるままに召喚魔法を使う。
そして、カーバンクルをうっかり呼び出してしまった。
魔力量、強さは幻獣の中でも中級クラスだ。
1匹呼び出すのに、自身の魔力の2/3ほどをもっていかれた。
それだけ、彼女が強いということだが。
急激な魔力消費に思わず眩暈を起こした時、呼び出したカーバンクルにさっと魔力封じの腕輪がはめられた。そのまま、彼女は部屋の外へと連れていかれてしまう。
我に返って抗議したサジェストに、ウェルシー侯爵はさらに銀の人狼の召喚を持ち掛けてきた。
人狼の召喚は容易いが、銀の人狼の話は聞いたことがない。
断りつつ、カーバンクルを返すように詰め寄ると、傍にいた魔法士が昏睡させようとしてくる。
結果、戦闘になり、サジェストの魔力は底をついたわけだ。
魔法士に混ざって悪魔がいたことも大きい。なぜ、悪魔が加担しているのかはわからないし、周囲も気づいていないようだったが、サジェストは魔力量には敏感だ。召喚士は相手の力量をすぐに見分ける力に長けている。
結果的には、魔力量が足りずに捕まってしまった。
次に目を覚ませば、カーバンクルと同じ部屋に閉じ込められていた。
二人を一緒にしても危険はないと判断されるとは舐められたものだ。
だが、一晩眠れば1/3づつ回復するはずの魔力が未だゼロに近いのは、魔力結界があるからだ。神官が使える上級魔法の一つだ。解除するにはサジェストの職業では難しい。
この客室に施された結界は中にいる者の魔力を吸って強度を増すらしく、彼女の魔力も自分の魔力もほとんどない状態だ。結界に阻まれて、彼女だけでも元の場所に戻すこともできない。
「闇市の商品にされる前に俺がお前と契約してしまったからな。俺ごと商品として売り飛ばすつもりなのだろうが。まあ、デルが心配することじゃない」
召喚した者との契約は、お互いに名前を教えあえば成立する。
次回の召喚からは、その名前を使って呼び出せばいい。
一度、召喚士と契約した魔獣などは、他人が契約できない。
彼女を売りたければ、主であるサジェストごと売るしかないのだ。
あの貴族どもは一緒に売り飛ばす算段をつけていそうだが、そう簡単には事は運ばないだろう。
させるつもりはない。
「少しはクロゥインの仕事を減らせる手助けになるつもりだったのにな」
仮の魔王としてクロゥインが悪魔のデミトリアスといろいろと魔族などに配慮していることは知っている。やつらはやつらなりのルールで動くので、それがクロゥインの負担になっていることも。
次から次へと面倒が起こるので、クロゥインに話が行く前に事件の数を減らしたかったのだが。
再度、ため息を吐いたところで、館が地響きとともに大きく揺れた。
積み木を崩すように、岩壁が崩れ天井が落ちてくる。
結界のおかげか、サジェストとデルは下敷きにされることはないが、ガラガラと崩れる音の中心にいるのは居心地が悪い。
デルが傍に寄ってきて、小柄な体で必死に壁を作ろうとしている。
しっぽが警戒したように膨らんだ。
館が粗方崩れ、瓦礫の山ができた。一瞬の静寂が訪れる。
『レシジョン』
魔法を唱える声が聞こえて、あたり一帯の結界がばりんと壊れた。
賢者が使える解除魔法だ。
しかも広範囲にわたる。
こんなことができるのは、一人しか思い浮かばない。
「なんだ、こんなところにいたのか」
転移魔法で姿を現したのは、漆黒の髪に漆黒の相貌をした青年だ。
相変わらず人相は悪い。
寝不足なのだろうか、眉間の皺がいつもより2割増しで深い気がする。
「相変わらずハチャメチャだな、クロゥイン」
サジェストは不適に笑う彼に苦笑を返した。
またこれで、彼のエピソードが増えたと喜びながら。
お読みいただきありがとうございました。




