23.伝説の男 クロゥイン・キップ(アベレス視点)
バグロード市冒険者ギルド長アベレス視点です。
よろしくお願いします。
「一体、どういうことだ?!」
執務机の上に小山になったプレートを握りしめ、アベレスは呻いた。
名前に聞き覚えはなくとも、プレートの裏に刻印された文字は見慣れたものだ。
『バグロード市冒険者ギルド』
飾り文字には市花をあしらったしゃれた装飾を提案したのは自分なのだから見間違うはずもない。
「なぜ、儂を脅しに来る?」
生意気な小僧、クロゥイン・キップは伝説の男だ。
黒髪に黒い瞳は珍しく、その強面は女子供は泣きだすほどに凶悪だ。
だが、中身は繊細で傷つきやすいともっぱらの噂だ。
バカバカしい。あの犯罪者ヅラで、何が繊細だ。
一方で、義理や人情に厚く、仲間思い。
底なしの魔力に、常識外の職業種。計り知れない力に驕ることのない、気さくな人柄。
それがランクSにまで上り詰めた彼の評価だ。むしろ、ランクSでは収まらずランクSSSだともささやかれている。
クロゥインは年上を敬わず、力で物を言わせる暴君だが仲間内では慕われている。
そんな男がフェーレンのギルド長になったのは10年前だ。15歳という異例の若さで、当時は各市の冒険者ギルド長から反対の声が多数上がったほどだ。
その頃には彼の実力は知らしめられていたが、前魔王を斃したという功績でさらに、名声を得ていた。
だが、見かけ10歳上に見えるのはともかく、実年齢が若すぎるという理由で反対するには十分だったはずだ。
けれどふたをあけてみれば、副ギルド長の推薦のもと、クロゥインのギルド長就任は果たされた。
仮の立場という措置で。
フェーレン市の冒険者ギルドの副長が、彼のギルド長就任を強く推したとも聞いている。
彼は人が変わったように老けており、すっかり威勢がなくなっていた。
今でも、その姿はほとんど表にない。
仮の冒険者ギルド長としてそのまま、十年。
大きな問題も起こさずギルド長の任についている。むしろ、飛躍的に伸びている。
フェーレンという特殊な土地柄を利用してギルドに登録した冒険者たちの育成に力を入れてきた。研修や講習、実地訓練を設け、ガイド制度でランクEなどの力ない冒険者のサポートまでさせている。
ギルドに所属している冒険者は国内1、2を争うほどの大所帯だ。
さらに公にはされていないが依頼達成率100%というふざけた数字を10年続けている。公表しないのは、周辺含め、そんな数字を達成できることなど不可能だからだ。せいぜい6割を維持するのが精いっぱいである。
だが、それでも困るのは近隣の市の冒険者ギルドだ。
仕事に関してはある程度こちらにも回ってくるが、人がフェーレンに流れるため仕事の依頼を受ける者がいないのだ。もちろん、バグロード市冒険者ギルドも同じ状況で、フェーレンに最も近いため、一番影響を受けているといっても過言ではない。
あの小僧にささやかな嫌がらせをするのも当然の権利だ。
そんなアベレスでも小僧の仲間に手を出すような愚かな行為は決してしない。
フェーレンの前冒険者ギルド長の末路は有名な話だ。
もちろん、加担した前国王の姿と共に。
領主の知人であるウェルシー侯爵が、依頼してきた深淵の大森林に住むという銀狼を捕まえるという仕事はいつもの嫌がらせの範囲であるはずだ。
本来、フェーレン市を通って森に入るための許可を市長であるクロゥインにしなければならない。また捕獲した魔獣などの報告も必要だ。それをいくつか無視しただけだ。
あの男の逆鱗に触れたわけではない。そのはずだが、彼は心底怒っていた。
こうして報復に来るほどには。
それともクロゥインは今代魔王と接触したのだろうか。何か取引をしているのかもしれない。
彼が倒した後で魔王になった者の情報はほとんどない。
アンデッドだとかドラゴンだとかはたまた人間だとか。
前魔王の情報と錯綜して噂されているのだが、真相はわからない。
とにかく強大な魔力の持ち主で歴代魔王の中でも並ぶもののいない存在らしい。就任の際に大規模な魔族の粛清があったらしく、自分が知っている勢力図が大きく変わったことだけは確かだ。
五将軍から三将軍になり、軍閥の編成もあったようだが。聞こえてくるのはもっぱら配下の情報だけだ。あまりに情報がないため沈黙の魔王とも呼ばれている。
強いのか弱いのか判別がつかないまま、魔王のもとから銀狼を捕まえるのは容易なことではない。30人ほど冒険者を手配して銀狼をフェーレン市内にまで連れてきたことは報告されている。だが、運んでくるときに黒髪の男に邪魔されたのだと顔に罰印をつけた男たちが泣きながら現れたのは昨日のことだ。
失敗したのは苦々しいが、フェーレン市内のどこかにいるのなら連れてくるのは簡単だと思っていた。男たちが話した人物がクロゥインだとしてもこちらで依頼を受けた仕事だと言えば文句は言われるだろうが拒否されることはないと踏んでいたのだ。
それが、どうだ。
先ほど現れたクロゥインは明らかに怒っていた。
小山になったプレートの束が無言の圧力をかけてくる。
今代魔王ではなく、このプレートの持ち主の誰かが彼を怒らせたのだろうか。
だが、無言のプレートを見つめていても、答えは得られない。
それに先ほどクロゥインは、仲間の名前を口にした。
彼ほどではないにしても、彼の仲間も名が広く知れ渡っている。
先ほど一緒に現れたのも、『疾風怒濤のダグラス』と『胡蝶のレミアル』だろう。
ランクSになれば、容姿や職業が知れ渡り、それなりの二つ名で呼ばれることになる。
そして、サジェスト・ブラインドネスは『恭従のサジ』だ。
上級職の召喚士として不動の地位を誇る冒険者だ。
その力はトップクラスで、彼に従えぬものはいないとまで言われている。
「まさか、ウェルシー侯爵が手を出したか?」
貴族にとってみれば、冒険者など下賤の存在だろう。力の強大さなど無視して、無理強いさせている可能性はぬぐえない。
領主にはこれまでいろいろと便宜を諮ってもらった恩義がある。だが、その知り合いの侯爵にはなんの思い入れもない。道連れにされるのはごめんだ。
思考が誘導されている自覚のないまま、アベレスは立ち上がると、慌ててギルド長室を飛び出すのだった。
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