危機感、今更入荷しました
王宮の大会議室。
「……陛下。」
商務大臣が重々しく口を開いた。
「最近、各国からの隊商が減少しております。」
「何?」
財務大臣も続く。
「税収も落ち始めています。」
「使節団の来訪予定も、相次いで取り消しとなりました。」
「魔国からの輸入量も減少傾向です。」
「人間国からの注文も激減しております。」
「エルフの治癒師による巡礼も、ここ数か月確認されておりません。」
次々と並べられる報告。
部屋の空気が重くなる。
「……。」
「……。」
やがて、一人の大臣が震える声で呟いた。
「何が……起きている?」
「直ちに調査を!」
「原因を突き止めろ!」
大会議室は慌ただしくなった。
その様子を、廊下の陰から二人の人物が静かに眺めていた。
ベアトリスと、公爵である。
二人は顔を見合わせると、同時にため息をついた。
「お父様。」
「うむ。」
「今さら気付きましたわ。」
「ここまでとは思わなかった。」
公爵は苦笑する。
「……よく今まで国が回っていたものだ。」
ベアトリスは静かに頷く。
「ここまでポンコツとは思いませんでしたわ。
そりゃ、叔父様たちとお兄様たちもぶっ倒れますし、お父様は点滴常備してますし、私も胃薬が手放せないわけですわ。」
再びため息。しばらく沈黙が流れた。
「ベアトリス。」
「はい。」
「移民計画は?」
「順調です。」
ベアトリスは一冊の帳簿を開いた。
「まずは貧民街から。一度に動けば怪しまれますので、複数回に分けております。
魔国では魔晶石採掘場、工房、錬金術師の助手として受け入れが始まりました。」
ベアトリスは苦笑しながら、続ける。
「向こうの大臣方は驚いておりました。
『なぜ、これほど腕の良い職人が貧民街にいたのだ。』……と。」
公爵は苦笑した。
「雇い主が給料を払わなかったからだ。」
「ええ。」
「人間国では農場、漁業、土木。傭兵経験者は魔獣討伐隊へ。
ドワーフ領では死の谷の採掘。
エルフ領では林業。
皆、元気に働いているそうです。」
公爵は満足そうに頷く。
「そうか。引き続き、悟られぬように進めよう。」
「かしこまりました。」
その時。
「あ、お父様。」
ベアトリスは鞄から一枚の書類を取り出した。
「こちらを。」
公爵は目を通すと、眉を上げた。
「……婚約破棄申請書?陛下の署名まである。
……どうやって?」
ベアトリスは涼しい顔で答えた。
「『陛下、こちらにご署名をいただかないと手続きが進みません』と申し上げました。
陛下は内容をご覧にならず、そのまま署名されましたわ。」
公爵はしばらく書類を見つめて、娘を見る。
「……内容見なかった?」
「定期報告などの書類に埋もれすぎておりますから。
陛下は普段から侍従の確認を信頼しておりましたから、それを逆手に取らせて頂きました。」
公爵は静かに笑った。
「……成る程。手間が省けたな。」
「はい。」
「だが、本当に良いのか?」
ベアトリスは迷わなかった。
「ええ。今回の件で、百年の恋も冷めました。」
静かな声だった。
「たった一人の女性すら守れない方に、未来を託すつもりはありません。」
公爵は娘を見つめる。
「……辛辣だな。」
「事実ですもの。」
ベアトリスは微笑んだ。
「さて。」
公爵は窓の外へ目を向ける。
「あと一踏ん張りだ。」
「はい。」
親子は再び歩き出す。
その背中を、王宮の誰もまだ気付いていなかった。
獣人国を支えていた最後の柱が、静かにこの国を去る準備を進めていることを。
ベアトリスが胃薬を常備している理由、お分かりいただけたでしょうか(笑)
「上層部、ポンコツ過ぎんか?」というツッコミは作者もしております。
その辺は物語の都合上、という便利な言葉で、棚の上へ置いておいてください(笑)




