王家は我が道を進み、公爵家は胃薬と点滴で今日も働く
獣人国の商業区では、一軒の酒場に商人たちが集まっていた。
「……この国。」
年配の商人が酒をあおる。
「マズいな。」
誰も否定しなかった。
「いや、前からヤバいのは分かってた。」
別の商人が苦笑する。
「貴族は金払い悪いし。」
「平民に難癖付けて魔晶石ぶんどるし。」
「隊商にも言い掛かり付けるし。」
「使節団への嫌がらせなんて恒例イベントだぜ。」
全員が黙る。
「……。」
「……。」
重苦しい空気が流れた。
若い商人がぽつりと呟く。
「この国が、まだ国って名乗れてるのってさ……。」
「ひとえにベアトリス様と、公爵様のおかげだよな。」
「間違いない。」
「ベアトリス様、胃薬常備してるらしいぞ。」
「公爵様なんか、点滴打ちながら仕事してるって。」
「……。」
「……過労死しないか?」
「心配だ。」
全員、本気だった。
◇◇◇
一方、その頃の王宮。
「こちらが我が国との新たな取引条件になります。」
「ありがとうございます。」
ベアトリスは書類へ目を通しながら静かに頷く。
隣では、父である公爵が腕に点滴を繋いだまま、相手国の外交官たちと面会していた。
「こちらの条件で問題ございません。」
「ありがとうございます。」
公爵が点滴したままであることを、誰も触れない。
もう日常だからだ。
その時、一人の侍女が静かに近付いた。
「ベアトリス様。」
「どうしたの?」
侍女は小さく耳打ちする。
「ベアトリス様が申された通りです。
……アリスさん。生きておりました。」
ベアトリスの手が止まった。
「……本当?」
その声は震えていた。
「はい。現在はドワーフの村で保護されております。」
ベアトリスは胸へ手を当てる。
「……良かった。」
その一言だけで十分だった。
侍女は微笑む。
「それで。」
ベアトリスはすぐ表情を引き締める。
「魔国との交渉は?」
「順調です。予定どおり、加工職人たちとの橋渡しも進んでおります。」
「そう。」
ベアトリスは静かに息を吐いた。
「王家の暴走に、国民は関係ないもの。
でも、一度に人や物が動けば怪しまれる。
これからも悟られないように、慎重に進めて。」
「かしこまりました。」
侍女は一礼して去っていく。
ベアトリスは窓の外を見つめた。
守りたいのは、王家ではない。
この国で懸命に生きる人々だ。
隣で、公爵が外交官へ穏やかに微笑む。
「では、今後ともよろしくお願いいたします。」
「こちらこそ。」
その笑顔の裏で、親子は既に知っていた。
王家も貴族も変わらない。
ならば、国民を守る方法を考えるしかない。
誰にも悟られぬよう、静かに、確実に。
ベアトリスと公爵は、この国の”その後”を見据えて動き始めていた。




