拉致されるスケジュールなんて、持ち合わせてない!
「何ですって?」
王太后の手が止まった。
優雅なティータイムは、一人の侍女が持ち込んだ報告によって終わりを告げる。
「陛下が、侍女と逢瀬を重ねているとの報告が……。」
「侍女?」
「はい。」
侍女は少し言いづらそうに続けた。
「……人間とのハーフでございます。」
カチャリ、とティーカップが音を立てて受け皿へ戻された。
「穢らわしい。」
王太后は静かに立ち上がる。
「高貴なる獣王を誑かすとは……何たる身の程知らず。」
侍女が恐る恐る口を開いた。
「あの……お声を掛けられたのは陛下の方だと――」
「黙りなさい。」
ぴしゃり、と言い放つ。
「男というものは、時に惑わされるものです。
全てはあの女が誘惑した結果。
王宮の秩序を乱す者を見過ごすわけには参りません。
全ては王家のため。」
侍女たちは顔を見合わせた。
(……いや、陛下から声掛けたって聞いてるけど。)
誰も口には出さなかった。
王太后は既に、自分の中で結論を出していたからである。
◇◇◇
その頃。
「はい、どうぞ。」
アリスは焼きたてのクッキーを差し出した。
「ありがとう。」
ウィリアムは微笑みながら受け取る。
「今日は薪割り無かったのか?」
「午前中で終わりました!」
「相変わらず早いな。」
「仕事は段取りっス!」
胸を張るアリスに、ウィリアムは思わず笑った。
「君は本当に――」
その時だった。
「……っ!」
ウィリアムが突然胸を押さえる。
「陛下?」
ゴホッ。
激しい咳が響く。
一度、二度、三度。
「ゴホッ……!」
膝をついたウィリアムに、近衛兵たちが駆け寄る。
「陛下!」
「医師を!」
「アリスさん!離れて下さい!」
「感染るかもしれません!」
宮殿中が騒然となる。
診断結果はすぐに出た。
獣王家の血を引く者だけが発症する、特有の病。
命に別状はない。しかし、暫くは療養が必要だった。
その報告を聞いた王太后は、ゆっくりと目を閉じた。
「……そう。」
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「陛下が倒れた原因が分かりました。」
「え?」
侍女が目を瞬かせる。
「穢らわしいハーフの女。毒されたのです。」
「……ですが、この病は王家に代々――」
「黙りなさい!」
王太后の一喝が部屋に響く。
「王宮の秩序を乱し、陛下を惑わせた。
王家を守るためにも、罰を与えねばなりません。
直ちに、あの女を捕らえなさい。」
「……はっ。」
命令は下った。誰一人として逆らえなかった。
その頃。
「ふんふふ〜ん♪」
アリスは鼻歌交じりに洗濯物を畳んでいた。
「今日の晩ご飯、何かな〜。」
そこへ、鎧姿の兵士たちが現れる。
「アリス。」
「はい?」
「王太后様がお呼びだ。」
「えっ?」
次の瞬間、両腕を掴まれた。
「えぇぇぇぇ!?ちょ、ちょっと待ってぇぇぇ!!私なんかしましたぁぁぁ!?」
ずるずると引きずられていく。
「拉致される予定なんて手帳に書いてないんですけどぉぉぉ!!」
「静かにしろ。」
「いやいやいや!せめて事前連絡くださいよぉぉ!!
普通こういうのって書面とかあるじゃないですかぁぁ!!」
兵士たちは顔をしかめた。
「「「……うるさっ。」」」
それでもアリスは叫び続ける。
何が起きているのか。なぜ自分が連れて行かれるのか。何一つ分からないまま。
その日、彼女は王宮の地下牢へと姿を消した。




