三か月頑張った外交官の胃が限界を迎える頃
獣人国が各国との交渉を始めて、三か月。
人間国、魔国、エルフ領。
交渉は決して順風満帆とは言えなかったが、それでも以前とは違う。
少しずつではあるが、互いの主張をぶつけ合い、歩み寄る姿勢が生まれ始めていた。
外交は、一歩ずつ積み重ねるもの。焦って結果が出るものではない。
◇◇◇
王宮。
「ランバード。」
執務室へ入るなり、ウィリアムが声を掛けた。
「はっ。」
「ドワーフ領との交渉はどうだ。」
ランバードは書類を開く。
「取引停止につきましては、段階的な条件緩和について話し合いが始まっております。」
「そうか。」
ウィリアムは頷く。
「では。」
期待に満ちた目を向ける。
「アリスは?」
ランバードは固まった。
「……。」
数秒、沈黙。
「えっと……アリス殿の件になりますと。」
静かに息を吐く。
「ドワーフの皆様は、今なお聞く耳を持ってくださいません。交渉の席に着くことすら叶わない状況です。
取引停止についてなら話し合う、と仰ってくださるのですが……。」
ウィリアムは眉を寄せた。
「何故だ。」
部屋が静まり返る。
側近たちは一斉に俯いた。
(王太后陛下が雑に扱ったからですよ。)
(死の谷へ捨てたからですよ。)
(信用って、そう簡単には戻らないんですよ……。)
誰一人、口にはしない。
ランバードもまた、静かに目を伏せた。
「……。」
ウィリアムは腕を組み、しばらく考え込む。
やがて、ポツリと呟く。
「……もう良い。」
その一言に、部屋の空気が少しだけ軽くなった。
(……諦められたのか?)
誰もがそう思ったが、ウィリアムは勢いよく立ち上がる。
「私自ら参ろう!」
「「「……え?」」」
部屋中の時間が止まった。
「ランバード!」
「は、はい!」
「支度だ!」
「どちらへ……。」
「決まっている!」
ウィリアムは拳を握る。
「ドワーフの村だ!」
ランバードは笑顔のまま固まった。
「…………。」
隣に立っていた若い従者が、ガクッと膝から崩れ落ちた。
「お、おい!」
もう一人の従者が慌てて抱き起こす。
「しっかりしろ!」
「……胃薬を。」
「え?」
「胃薬を……ください……。」
ランバードは天井を仰いだ。
(……魔王陛下。あの日の外交講座を、もう一度お願いいたします。)
彼は本気でそう願った。
その頃、ドワーフの村では……。
ドワーフの子供たちは、魔王が連れて来たドラゴンに、纏わり付いていた。
その大きな身体によじ登ってみたり、大きな足や尻尾を撫でてみたりと、興味津々。
ドラゴンは嫌がるそぶりすら見せず、子供たちの好きなようにさせていた。
「ちょっとアンタたち〜!オモチャじゃないのよぉ〜!」
今日も今日とて、魔王は村にやって来た。
この人、暇じゃないはずなのに、しょっちゅう来ている。
「陛下、ドラゴンも嫌がっておりません。」
「見りゃあ分かるわよ。だけど、ドラゴンって割と繊細な子なのよぉ。どこでストレスになるか、分からないもの。」
その時、魔王と側近が空を見上げる。
「……この気配は。」
「ランバードと……あのお馬鹿さんね。」
少しして、村に二人の青年が降り立つ。
「こらぁぁぁ!!ランバードぉぉぉ!!入門手続きしろぉぉぉ!!」
櫓から見張りのドワーフの怒鳴り声が響く。
「申し訳ございませんっ!」
「ったくよぉ!今からそっち行くから!動くんじゃねぇぞ!」
一人のドワーフが入門書を持って、走る。
「……アンタ。」
魔王はランバードと共に降り立った青年を睨み付けた。
黄金の髪に、獅子の耳。堂々たる体躯。
獣人国国王――ウィリアムである。
「何しに来たの?」
「アリスに会いに来た。」
数秒、沈黙。
魔王は盛大に溜め息を吐いた。
「……ランバード。」
「はい。」
「アンタは?」
「……止めました。」
「でしょうね。」
そして、何処からか取り出したハリセンで、ウィリアムの頭を思いっきり引っ叩いた。
「お馬鹿ぁぁぁーーー!!私の話、聞いてたぁ!?」
魔王の悲鳴が、村中に響いた。




