外交官、本日の胃痛案件
数日後。
獣人国から派遣された使者たちは、それぞれ各国へ到着していた。
話は、相変わらず噛み合わない。
「我が国に悪意はありません。」
「しかし、実際に起きた事実があります。」
「誤解です。」
「その誤解が、なぜ生まれたのかを伺いたいのです。」
互いに言葉を選び、慎重に探り合う。
それでも以前とは違った。
獣人国側はようやく「話し合う」という姿勢を見せ始めていた。
各国も、その変化だけは認めた。
特に人間国は慎重だった。
「今すぐ信用を取り戻すことは難しい。」
国王は静かに告げる。
「だが、話し合いの席には着こう。」
その一言に、獣人国の使者は深く頭を下げた。
◇◇◇
一方――ドワーフの村。
「失礼いたします。」
ランバードは一人、村の入口へ立っていた。
「……お前か。」
ニックは腕を組む。
「今日は五千人連れて来てねぇんだな。」
「今回は私一人です。」
ランバードは苦笑した。
ニックも少し笑う。
「……魔王様の外交講座、ちゃんと聞いてたな。」
「ええ。」
ランバードは乾いた笑みを浮かべた。
「耳が痛いほどに。」
その表情は、どこか気まずそうだった。
それはもう、めちゃくちゃ気まずそうだったので、ジンが首を傾げる。
「どうしたんだい?」
「実は……。」
ランバードは言いづらそうに頭を掻く。
「本日ここへ参りましたのは……。」
少し間を置く。
「アリスさんの件でして。」
村中が静まり返る。
「「「なんで!?」」」
見事に声が揃い、ランバードは肩を落とす。
「……陛下が。」
「「「あぁ~~……。」」」
今度は納得の声が揃った。
ニックが深いため息をつく。
「まぁ、そうだろうな。」
「おめぇさんも苦労してんなぁ……。」
ランバードは苦笑する。
「慣れました……。」
「慣れるなよ。」
そして、ランバードは申し訳なさそうに頭を上げた。
「ですが。」
姿勢を正す。
「私個人としましては、本日は取引停止の撤回について交渉させていただきたく参りました。」
その時だった。
「なら、そう報告すればいい。」
村の奥から声が聞こえた。
「ヒルデ先生。」
白衣姿のヒルデが歩いてくる。
「アリスに面会を求めたが、本人が拒否。ドワーフたちも反対し、聞く耳を持たなかった。
本日の面会は断念した。そう報告すればいい。」
ランバードは目を丸くした。
「……え?」
ヒルデは肩を竦める。
「嘘も方便。それで丸く収まることもある。」
ランバードはしばらく黙っていた。
ヒルデは静かに微笑む。
「貴方。もう、自分が何を優先すべきか分かっているでしょう?」
ランバードはゆっくり息を吸って、背筋を伸ばした。
「……はい。」
その目に迷いはなかった。
ランバードはニックへ向き直る。
「親方殿。取引停止撤回について、正式に交渉をお願いしたく存じます。」
ニックは腕を組み直す。
「よし。」
口元を緩めた。
「その話なら聞こう。」
「まず座れ。」
「酒でも飲みながら話そうや。」
ランバードは小さく笑った。
「ありがとうございます。」
こうしてその日、獣人国とドワーフ領の、初めてまともな外交交渉が始まった。




