078⚫️愚者と賢者
一般に「富が増えれば争いは減る」と考えられがちだ。飢えや貧困が争いの原因なら、豊かさは人々を穏やかにし、社会を安定させるはずだと。しかし歴史を振り返ると、むしろ逆の現象が繰り返し起きている。富が増えた瞬間にこそ、争いが激化する。
その理由の第一は、富が「奪う価値のあるもの」へと変わることだ。狩猟採集時代には、蓄えられる富がほとんど存在しなかったため、奪い合う意味が薄かった。だが農耕が始まり、余剰生産物が生まれると人口も増加する。土地や穀物を巡る争いが急増した。富が生まれたことで、初めて「守るべきもの」と「奪うべきもの」が明確になったのである。
第二に、富の増加は必ず偏在を生む。誰もが等しく豊かになるわけではない。富が集中する場所には権力が集まり、権力が集まる場所には必ず対立が生まれる。ローマ帝国の内乱、大航海時代の植民地争奪、産業革命後の階級闘争。いずれも富の急増が引き金となった。
第三に、富が増えると「不確実性」が高まる。富を得た者はそれを守ろうとし、得られなかった者は奪おうとする。富が増えるほど、社会はゼロサム化し、協力よりも競争が合理的になる。豊かさは平和をもたらすどころか、むしろ争いの燃料になるのだ。
富は人を救うが、同時に人を試す。豊かさが訪れた瞬間こそ、争いの影が最も濃くなる。歴史はその逆説を、何度も人類に突きつけてきた。
愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶという。わたしたちの世界線に賢者が現れるのは、いったい何時になるのだろうか。




