053●宿帳の名前
客が来た。不愛想な男だ。
カウボーイハットを深くかぶり、砂除けのポンチョをまとっている。
「一晩、頼む。」
低い声。鉄が軋むような響きだ。宿帳を開く。
「前払いだよ。」
男は銅貨を3枚、無造作にカウンターへ置いた。
「2階の部屋を使ってくれ。晩飯になったら呼ぶからな。」
荷物を持ち、階段を上がる背中を見送る。足音を立てない。気配もない。
不気味な感触だけが残った。
コロニーのチーフが来た。
「おい、怪しい客はいないか?」
「ここに泊まる連中は、みんな怪しいですぜ。何かあったんですかい?」
「うちの連中が6人も殺られた。それぞれ一発で撃ち抜かれてる。凄腕だよ。情けない男たちだったけど、仇討ち、きっちり落とし前をつけなきゃね。誰が泊ってる?」
「ちょいと前に、ガタイのいいヤツがひとり来ましたぜ。2階の部屋に入ったよ。」
「邪魔するよ。面、見ないとね。」
「ま、あんたの腕なら男相手だって負けてねえだろうが。殴り合いになろうが撃ち合いになろうが、知ったこっちゃねえですが、それは外での話だ。中で暴れんでくださいよ、キャサリン。ここを壊されちゃ、やっていけねえ。」
「わかってるさ。」
階段を上がる。扉を開ける・・・なんだ、この男。
本能が危ないと告げる。
「あんた、どっから来た?名前は?」
反応しない。くっ、馬鹿にしてるのか?
腰の拳銃に手をかけようとした刹那・・・凍り付く。
相手の銃口が、すでにピタリとこちらを捉えていた。
なんて速さだ。抜いたのがわからなかった。
有無を言わせぬ威圧感で、室外に押し出された。
聞き取れたことは、何もない。
ただ、確信だけが残る。コイツだ。
階下に戻る。宿のオヤジが不審そうに見ている。
「えらく短かったですな。すんなり済んだってことですかい?」
「宿帳、見せろよ。」
「あいよ。だけんど、本当のことが書いてあるかどうかはわかりませんぜ。」
宿帳を開く。どこから来たのか、どこへ行くのか・・・空白。
名前だけがある。
「ブリッツ・・・。偽名だろうな。」
窓の外、砂嵐が立ち上がる。
ただのガンファイターじゃない。異質なヤツがやって来た。




