003●聞けぬというなら
無幻斎は自身の刀を預け、広間に入った。
部屋を仕切る襖の後ろには、多人数が臨戦態勢で控えている。
上座の家老が無幻斎と向き合っている。三名の腹心が同席している。
「では、貧困者への米の配給は止めん、ということであるな。」
「はい。摂社末寺には、連日、民がやってきております。この飢餓を乗り切るには、続けたいと思っております。」
「そなたはそういうが、本来は藩がすべきところ。勝手にされては、いささか迷惑。」
「では、藩が米を出してくださると。」
「そういうわけには、いかん。備蓄米は貴重な財源じゃ。少しばかり民が飢えようと、供出することはできん。」
「つまり、民は飢えろと言われるか。」
「いたしかたあるまい。民が命を失うことがあろうと、やがて、また増える。憂うることはない。」
無幻斎は表情を変えず、聞いている。その眼は、深い静けさを湛えて揺るがない。
「施しは神仏の御心です。わたしは止めるわけにはいきません。」
「無理をするものではないぞ。すでに莫大な量を与えておるではないか。いくら名跡名刹といえど、果てしなく続けることなどできるはずがない。」
その言葉に、初めて無幻斎が微笑んだ。
「では、当方で用意した米俵をこちらへお運びする、というのはいかがでしょう。お城が民に施すという名目をとることができます。」
「武士は’もの乞い’ではない。」
無幻斎は、一呼吸おいて言った。
「では、我らの蓄えが尽きるまで続けて構いませんな。」
家老と腹心は、顔を見合わせる。
「いや、まかりならん。即刻、やめてもらう。聞けぬというなら・・・」
「聞けぬというなら、どうなされる。」
「ここで討つまで。」
その言が終わるや否や、襖が勢いよく開け放たれた。
「いかにそなたといえど、剣もなく、これだけの人数で囲まれてはどうしようもあるまい。」
家老が勝ち誇った笑みを浮かべた。
無幻斎は座したまま、視線を家老に向けたまま言った。
「我が剣は、常に我が身と共にある。」
彼が両手を伸ばす。
わずかに空間が揺らめく。
そして、その揺らぎの中から音もなく現れたのは、
まぎれもなく預けたはずの刀であった。




