020●困ったとき誰に頼むの?
「うわあ、だめだあ! こんな高地まで水に浸かるなんて!」
「儂らも船に乗せてもらえばよかったあ!」
「ひえー!」
「助けてくれえ!」
水が迫る。足元の岩が砕け、濁流が牙をむく。
鉛色の空、叫ぶ風、血鳴りが耳を打つ。
終わりか。そう思った瞬間、影が落ちて来た。
音もなく、雲を裂いて現れたのは円盤だった。
黒曜石のような光沢、縁に走る青白い光。
直径は少なくとも1000キャビトはある。
山を覆うほどの巨体が、空中で完全に静止する。
次の瞬間、体がふわりと浮いた。
「な、なんだあ?!」
地を離れ、空へ。
アラヤット山頂に追い詰められた村人たちが、手足をばたつかせながら宙に舞う。
抗えぬ力で、円盤の中心へと吸い寄せる。
目を開けると、広間のような場所にいた。
床は白く、壁は光を放ち、影がない。
仲間たちが不安そうに身を寄せ合っている。
その時、声がした。
ーみなさん、ご無事ですか?ご気分の悪い方はおられませんか?
頭の中に響く声。驚いて左右を見ると、皆、同じ声を聞いているらしい。
「子どもたちは飢えている。何とかならんか?」
ー温かいお食事を用意しています。
香りが満ちる。見たこともない器に、黄金色のスープ。
口に含むと、体の奥まで温かさが広がった。
満腹になったあと、声は尋ねた。
ーこれから、どうしたいですか。
儂らは答えた。安全な場所に一時避難し、洪水が治まったら戻りたい、と。
次に降り立ったのは、見知らぬ草原。
風が青く、空が深い。
そこに立っていたのは・・・動く木製の人形たち。
儂らと同じ背丈で、無言のまま、巨大な建物へと案内される。
そこは快適だった。食糧は配給され、行動も自由。
みんなで礼拝所も定めた。
1年と10日後、故郷に戻ることにした。
人形たちに聖域を守るよう頼み、円盤に感謝を告げて乗り込んだ。
頭の中で、あの声が響いた。
ーもとの世界線で良き日々を送ってくださいね。
「・・・というのが、僕の小説的仮説です。いやあ、新作に使えるなあ!」
ルドルフが胸を張ると、マリカが眉をひそめた。
「でも、あれだけ方舟が古びてるんだから、人型が動いたってのは動力源はどうなってるのよ?」
「うーん、それ、考えてなかったなあ。即興ですからね。」
「で、だれやねん、その親切な円盤の持ち主は?」グレッグ艦長が笑う。
「えっと、’ジュピター’をイメージしたんですけど。」
「なるほど。頭の中の声、ってそういうことなのね。実体験よね〜。」
クドーが腕を組む。
「しかし、’ジュピター’のサイズより千キャビトというのは、大きいですな。」
「ま、そこはいくらでも手直しできますよ、副長。」
ルナが静かに言った。
「ということは、ルドルフの仮説を支えるのって、エンジェラム星間連合ってことなの?」
「そう、ルナ、そのとおり。星間連合の技術力なら、できるんじゃないか?!」
グレッグ艦長が苦笑した。
「そやけど、そないな大昔から星間連合があったんか?伝説の洪水時期やったら、かなり前やで。」
「そこは時間跳躍技術ですよ。星間連合なら、やりかねません。」
マリカが吹き出した。
「ルドルフ、なんでも星間連合頼みよね。」
「うーん、そうですよね。この仮説、ダメかあ・・・。」
グレッグ艦長は笑みを浮かべた。
困ったときの星間連合頼み。それは、自分も同じだったからだ。
グレッグ艦長の脳裏に、ロイ・ラベンダー提督の笑顔が浮かんでいた。




