どうしても離れられないのか……
妻を精神科に行かせるはずが、先に限界を迎えたのは俺の方だった。
病院で告げられた診断名は「適応障害」。医者から手渡された診断書を握りしめながら、俺の心の中で何かがプチりと弾けた。もう無理だ。このままでは俺が壊れる。
意を決して帰宅し、桂子に向かって離婚届を突きつけた。
「離婚してくれ。もう俺たちの生活は成り立たない」
その瞬間、桂子は見たこともない顔で半狂乱になった。悲鳴を上げ、スマホを壁に投げつけ、髪を振り乱して泣き叫ぶ。「嫌! 絶対に嫌! 私を見捨てないで!」と狂ったように叫ぶ妻を前に、俺はただ胃を酷使しながら冷や汗を流すことしかできなかった。
数時間後。嵐が去り、ようやく落ち着きを取り戻した桂子は、腫れ上がった目でボソッと呟いた。
「……あの人に連絡しなきゃ」
「……誰だ?」
「昭夫さんを紹介してくれた、あの友達よ。……またお願いして、3人目を紹介してもらわなきゃ」
「……は?」
桂子は本気だった。俺という二人目の夫がダメになるなら、次は三人目を探せばいい。彼女の頭の中では、俺との離婚は「新しい次の人を探す手続き」と同義だったのだ。
その突拍子もない、けれど絶妙にズレた発想を聞いた瞬間、俺の中のピーンと張り詰めていた糸が呆気なく切れた。怒る気力も、絶望する気力さえも萎えていく。
「……わかった。離婚の話は、なしだ」
自分でもどうしてそう言ったのか分からない。情けなさなのか、次の男に妻を押し付ける罪悪感なのか、あるいはこの奇妙な狂気に毒されてしまったからなのか。
俺は静かに離婚届を引っ込め、またしても泥船のようなこの生活へと戻っていくのだった。




