先生という名の神々
桂子が膝を痛めてリハビリに通い始めた。俺に言わせれば、膝を痛めたというより、増えすぎた体重をついに膝が支えきれなくなっただけだ。自堕落な生活と食い意地が生んだ当然の帰結であり、自業自得である。
「桂子、内科の先生にも散々言われていただろ。運動して体重を落とせって。言うことを聞かずにサボり続けたからこうなったんだ。少しは反省したらどうだ」
俺が指摘すると、桂子は両手で耳を塞ぎ、目を固く閉じて大きく首を横に振った。都合の悪い現実からは全力で逃避する。
「……それにしても不思議だな。俺や内科の先生の言うことは無視するくせに、リハビリの先生の指示には素直に従うんだから」
桂子は黙って足を伸ばし、教わったばかりのストレッチを始めた。
「昭夫さん、このストレッチ、ものすごく効くのよ。先生って本当に素晴らしいわ」
うっとりとした顔で言う。そういえば、以前通っていた歯科医のことも手放しで褒めちぎっていたし、精神科医には「命の恩人」だと感謝していた。眼科医に至っては、まるで聖者のように崇め奉っている。
「先生」と名のつく肩書を持つ人間なら、誰であっても簡単に心を開く。実に単純で、救いようのない女だ。
コールセンターを濡れ衣で追われ、社会から不要な人間として捨てられた俺の言葉には、何一つ耳を貸さない癖に。
「桂子さ、たまには俺にも感謝したらどうだ。この猛暑の中、お前の体調を考えて毎日毎日、文句も言わずに飯を作っているのは、その『先生』じゃなくて俺なんだぞ」
言葉の語尾が途切れ、大きな欠伸が一つ出た。
胃の奥が重く焼けつくような感覚。コールセンターを辞めてからずっと続いている不眠と自律神経の乱れが、また体を蝕み始めている。
「あら、昭夫さん。欠伸なんてして、だらしないわね」
さっきまで耳を塞いでいた桂子が、ここぞとばかりに勝ち誇った顔で俺を見下ろした。他人の言葉には過剰に反応し、一番近くで自分を支えている夫の疲弊には気付きもしない。
俺たちの綱渡りの生活は、今日もこうしてきしんだ音を立てている。




