みそ汁は食卓に必須
こんなあんまりな話があるだろうか。
連日の猛暑の中、俺が妻のために愛情を込めて用意した夕食に対し、桂子がケチを付けてきたのだ。
「昭夫さん、悪いんだけど……前からずっとおかしいと思っていることがあるの」
箸を止めた桂子が、探るような目で俺を見て言った。
「どうして高血圧の私に、毎晩わざわざ即席みそ汁を出すの?」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。桂子がまた、わけのわからないことを言い出したぞ。
高血圧の桂子に俺が即席みそ汁を出して、一体何が悪いというんだ。
「即席みそ汁は塩分が高いでしょう。わざわざ毎回出してくれなくてもいいのよ。申し訳ないけれど、これは要らないわ」
「桂子、何を言ってるんだ。俺がわざとお前の体に悪いものを食べさせているとでも言いたいのか? それは心外だな」
俺の実家では、亡くなったお袋が毎食手作りの美味いみそ汁を出してくれた。だから俺にとって、夕食にみそ汁は絶対に必要なのだ。桂子だって同じだろうと思って添えてやっているのに、感謝されるどころかイチャモンをつけられるとは。
「昭夫さん……私の血圧が高いこと、前から知っているわよね。こんなこと言いたくないけれど、もしかして……私の寿命を縮めようとしているの?」
「はあー!?」
俺は今度という今度、怒りが頂点に達した。桂子が心の病を抱えているからと普段は気遣っているが、言っていいことと悪いことがある。
「ふざけるな! 俺がどうしてお前の寿命を縮めなきゃならないんだ。口を慎め!」
怒声に怯えたのか、桂子は小さく肩をすくめた。
「……わかったわよ、ごめんなさい。でも、私はもう即席みそ汁は要らないから」
「いいや、俺が出したものは残さず食べてもらう。俺はお前の健康を考えて、毎日こうして慣れない炊事をしているんだぞ!」
「じゃあ昭夫さんは、私の血圧が上がって倒れても、何も心配じゃないのね?」
まだ言うか。……つくづく口が減らない女房だ。即席みそ汁一杯くらいで大袈裟に騒ぎ立てやがって。夫に対する敬意というものがまるでなっていない。
俺が怒りを露わにすると、桂子はそれ以上何も言わず、気まずい沈黙のまま夕食は終わった。
俺は一歩も引かなかったし、言い負かしてやったつもりだ。
……だが翌日から、どういうわけか俺は、桂子の分の即席みそ汁だけは食卓に出さなくなったのだった。




