夫婦喧嘩は魂を擦り減らす
もう7月、これから真夏真っ盛りという時期に、俺達の賃貸マンションの外装工事が始まるという。
工事期間中は、ベランダの私物をすべて撤去しなければならない。
問題は、ベランダに鎮座している物干し竿と、洗濯用具一式が入ったプラスチック製の大きな収納箱だった。
とりあえず、俺の書斎――とは名ばかりの、実質「室内物干し場」と化している4畳半の洋間に移動させようとしたのだが、桂子が真っ向から反対した。
「洗濯物を干すときに、そんな大きな箱が部屋にあったら邪魔でしょうがないわ」
うっとうしそうな桂子の顔を見て、俺は言葉を飲み込む。ここで無理に通しても、これから彼女が室内干しをするたびに、嫌味や愚痴をぶつぶつと言われ続けるのは目に見えている。
ただでさえ彼女の情緒は不安定なのだ。これ以上、家庭内に火種を増やしたくない。
「……わかった。桂子、じゃあこうしよう。近くのトランクルームを借りる。工事の間だけ、その箱はそこに預ければいい」
「トランクルーム? 昭夫さん、そのレンタル料はいくらするのよ」
案の定、桂子の声が一段高くなる。
「月に3000円くらいだよ。必要経費だし、そのくらいは仕方がないだろう」
「月3000円を『そのくらい』だなんて……今のうちの状況、わかってる?」
桂子はあからさまにため息をついた。
「あの箱、もう何十年も使っていて、蓋も歪んで壊れかけてるじゃない。そろそろ買い替え時よ。粗大ゴミで処分して、工事が終わったらまた安いのを買えばいいわ。そのほうがずっと安上がりだと思わない?」
正論だった。だが、俺の胸の奥で、どす黒い感情が鎌をもたげる。
あの箱は、俺がまだ現役で、まともに稼いでいた頃に買ったものだ。頑丈で、この川沿いのマンションの強風にもずっと耐えて、俺たちの生活を支えてきた。
仕事も、プライドも、心の平穏も失いかけている今の俺にとって、その古い箱すらも「いらないもの」として簡単に切り捨てられることが、まるで自分自身を否定されているように思えてならなかった。
「桂子、あの箱は頑丈なんだよ。そう安々と手放せるような品物じゃない」
「そうなの? でも、もうずいぶん汚れているし、私は捨ててスッキリしたほうがいいと思うんだけど。ねえ、無駄なお金は使えないわよ」
追いつめられるような感覚に、俺のイライラは頂点に達しそうだった。
(まただ。またこの女は、いつまでも反論してくる。ごちゃごちゃ言わずに、一度くらい『わかりました』と俺を立ててくれないのか。俺はもう、これ以上何も失いたくないんだ――)
怒りを必死に抑え込み、懇願するような、ひどく掠れた声が出た。
「桂子、頼むから……今回だけは、この件は俺に任せてくれ。な? いいだろう」
俺のただならぬ様子に気圧されたのか、桂子はまだ不満げに口を尖らせながらも、渋々といった様子で引き下がった。
たかが物干し箱の行き先を決めるだけで、俺は文字通り、へとへとに疲弊しきっていた。




