紫陽花鑑賞の約束
梅雨も本番、しとしとと降り続く雨の匂いが、何ともいえず風情のある土曜日の午後。桂子が俺に提案してきた。
「昭夫さん、私、紫陽花を見に行きたいの」
「紫陽花か。桂子も歳を取ったんだな。ついこの間まで花より団子だったのに、今度は花鳥風月に興味を持ち始めたのか。どうせ長続きしないんだろう」
意地悪口を叩く俺に、桂子はむっとするでもなく言葉を返した。
「長続きするかしないか、まだわからないわよ。この頃、外を歩いていると、よそ様の家の庭先の花が妙に気になるの。お陰でとても癒されるのよ」
桂子は一呼吸置いて、俺の顔を覗き込んできた。
「昭夫さん、よかったら明日の日曜日、近くの淵辺公園に一緒に紫陽花を見に行かない? 今が見頃よ」
いつもの俺なら即座に断るところだが、今日の気分は何となく行ってやってもいいかな、と前向きになれた。
「あぁ、そうだな。紫陽花見に行くくらい、いいかもな。桂子、明日、一緒に行こう」
「あら、昭夫さん、珍しく色良いお返事ね。ありがとう、楽しみにしているわ。朝、なるべく早く起きて行きましょうね」
俺は朝寝の癖がついているので、明日早く起きられるかなと少し不安ではあったが、桂子の機嫌を損ねてはいけないので快く承諾した。
そういえば、最近の桂子は活動的だ。あまりお金を使わないで外で楽しむことを覚えたらしい。まぁ、あちこちの公園で写真を撮っては、友人知人にばら撒く癖は直っていないが……。
仕事も今のところちゃんと行っているようだし、ここらで一つ、ご褒美に一緒に散歩してやるか。
「昭夫さん、本当に早く起きてね。朝露に濡れた紫陽花を見たいのよ。朝でなくては意味がないの」
「しつこいな。わかったって言っているだろう」
桂子のこのしつこさも、俺の悩みの一つだ。
「桂子、そら、紫陽花なら、そこのカレンダーにもあるぞ」
試しに意地悪半分で言ってみる。
「昭夫さん、6月のカレンダーなんてどれも紫陽花一色じゃないの。何を言ってるのよ。明日の約束は、ちゃんと守ってくださいね」
ふうん。憤らず、大人のかわし方。
やっぱり、投薬を変えてもらったのが効いているのかな。
それなら、よかった。どうにかこのまま落ち着いて、病を克服してくれよ、桂子。
俺は祈るような気持ちで、カレンダーを見つめる桂子の横顔を見つめた。
明日は本当に早く起きないと、また桂子が騒ぎそうだ。今日は早めに寝るか。
「やれやれ」と小さくため息をつきながらも、俺の胸には、ほんの少しの安堵が広がっていた。




