子供を持つ危うさについて
ある日、桂子は仕事を昼で早退してきた。謎の腹痛が理由だそうだ。大方、また俺に内緒で寄り道して食あたりでもしたのだろう。
内科の主治医からは減量を強く勧められているというのに、彼女の食い意地はどうしても直らない。身体が悲鳴をあげているのに、俺は知らないぞ。
家に帰りトイレを済ませると、桂子は何事もなかったかのように「治った〜」と、また機嫌を良くしていた。
俺がいつも、どれだけ彼女の身体を気遣って、全身全霊で食事メニューを考えているか、桂子は全く理解していない。これでは俺の涙ぐましい努力も水の泡だ。
密かにそんな虚しさに浸る俺のことなど眼中にない様子で、桂子は最近夢中になっているYouTubeの画面を食い入るように見つめている。
(あ、こりゃあ、しばらくしたら新しいネタの品評会が始まるな。また俺の時間が削られる。く〜……)
そう身構えたのと、ほぼ同時だった。
「昭夫さん、ねぇ、聞いて」
ほら来た。はいはい、今度は何でございますか。
「あの樋口先生と並んでYouTubeで人気の、元軍医の峰岸先生が仰っているの。
私たちには直接関係のない話だけれど、
心を病んでいる人が子供を持つことについて、大丈夫かとても心配しているんですって。自分の病が遺伝しないかとか、子供を持ったところで傷付けてしまったら、とか」
その話題には、俺も少し興味を持った。
「なるほど。確かにそれは気になるよな」
「でね、峰岸先生の答えは、
まず遺伝は8割方しないから大丈夫。
そして、子供を傷付ける心配があったら、自己責任にするんじゃなくてどんどん社会に助けを求めればいいって。社会も受け入れ体制をもっと整えていくべきだって」
「うん、なるほどな」
「峰岸先生の仰ること、綺麗事に聞こえるかしら。私は、そんなことはないと思ったわ」
「俺も単に綺麗事とは思わないよ。世の中が良くなっていくといいな」
そう口にしながら、俺は(世の中より先に、お前のその不安定な性格が改善していくといいんだがな)と心の中で毒づいた。
子供については、我々はとっくに諦めていた。桂子の精神的な不安定さを考えれば、育児など到底不可能だったからだ。だからこそ、これは他人事にしていい問題ではない。
俺はなるべく早く読書に戻れるよう、桂子の機嫌を損ねないよう細心の注意を払って相槌を打った。
しかし、俺の目が一瞬、本に向いたのが気に入らなかったのだろうか。
「何よ、それ。他人事だと思って」
桂子は少し気に障ったようではあったが、それ以上は何も言わず、再びYouTubeの画面に視線を戻した。




