吊り橋効果に邪魔される
「昭夫さん、…吊り橋効果って、知ってる?」
桂子から唐突に聞かれたのは、梅雨も間近の気温が30度近い、蒸し暑い日の午後だった。
「あぁ、知ってるよ。でもその定義付けは難しいから、桂子に説明は無理だな。」
「あら、違うわよ。
例の先生が YouTube で仰っていたのよ。男女が恋に落ちる時の話よ。」
「なんだ、そりゃ。」
「試しに AI に、吊り橋効果について説明してくださいって質問したら、先生と同じ答えが返ってきたわよ。
吊り橋の両端から男女が渡りながら出会った場合、吊り橋を渡る時って怖くてドキドキして心拍数が上がるでしょう?それを恋だと錯覚しやすいんですって。」
「なんだ。そんな話?」
「だから、デートプランに、遊園地ならジェットコースターやお化け屋敷、映画ならホラー映画やアクション物、一緒にスポーツをするなんていうのを、取り入れる人も居るみたいよ。」
「なるほどね。で、それがどうしたの?」
「私が言いたかったのはね、私がかろうじて昭夫さんの心を繋ぎ留めていられるのは、この吊り橋効果所以では?と、ちょっと思ったってこと。」
「はぁ?」
「ちょっと昔なら、ツンデレとかヤンデレとか呼ばれていたのとも、ちょっと似ているのかしら?
あら、自分で言うのも変だわね。」
「変だね。まったく変だ。
お前、大丈夫か?暑さでどうかしたのか。」
このクソ暑いのに、取り留めのないどころか、まったく意味不明な与太話で煩わせないでくれと言いたいところだが、桂子にしてみれば何かを発見したことを披露したかったんだな。
いい歳をしたいいオバサンが、子供じゃあるまいし。
いい加減にしてもらいたい。
時短の仕事で楽なのか、今のところ仕事は続いているな。だけど、心に余裕ができたら俺にくだらない話を振ってくる。
俺の一番好きな読書の時間を奪わないでくれよ。
俺だってもうだいぶ歳を取って残された時間を読書に費やして余生を送りたい。ただ、それだけなのに。
(モノローグ)
いや、待てよ。
桂子は俺へ当てつけたかったのか。**「私たちは今、人生の危機(地獄)という吊り橋を一緒に渡っているから、恐怖のドキドキでかろうじて繋がっているだけ(=平穏になったら破綻する)」**「あいつが言いたいのはそういう意味か?」と、読書の邪魔をされた苛立ちの後に、ふと背筋が寒くなるようだった。




