妻の就活につけての思い
まだ5月も半ばだというのに昼間の暑さに汗だくになる。今日は何と最高気温が30度にまでなるという天気予報だ。
桂子は珍しくパソコンに向かいいつも通りぶつぶつ独り言を言いながらキーボードを叩いている。
「桂子、どうしたんだ?」
「転職するのよ。」
「転職?まだ新しい職場に落ち着いてもいないだろうに。まだ2ヶ月だろう。もう飽きたのか?」
「飽きたんじゃないわよ。あそこにいつまでも居られるわけじゃないのよ。皆、順次一般就労に向けて仕事を探して卒業を目指しているのよ。」
「そうか。そういえばこの前、近所の一社の面接を受けていたな。どうせ気まぐれだろうと思っていたが。
まぁ、お前の体調じゃあ、向こうも扱いかねたんだろうしな。」
桂子は腹立ち紛れにキーボードをガンガン叩きながら答えた。
「そうよ。落ちたのよ。ちょっと昭夫さん、これでも私、少しは落胆しているのよ。言葉に気を付けてくださいね。」
「言葉に気を付けろとお前に言われるとはな。」
桂子はいささかバツが悪そうに次の言葉を繋げた。
「今は大量募集案件に狙いを絞っているの。ただ、通院が月曜日でしょ。平日お休みできそうなのが中々なくてね。」
「そうだな。まぁ、あまり焦らずに、まずは体を治す事を最優先にする事だな。
例えば、もし一般就労の仕事が決まったとしても、またそれがちゃんと続くのかどうか怪しいしな。」
「まぁ、昭夫さん、それは私が気にしている事だから、口に出さないってこの前約束してくれたじゃないの。もう忘れたの?」
「あぁ、そうか。そんな事も言ってたっけな。」
しかし桂子も、“気にしている”くらいならあんな辞め方しなきゃあいいだろうにと思うが、そこは桂子は病気だからこちらが気を付けなきゃいけないだなんて、桂子は免罪符があっていいよな。少しはこっちの身にもなってみてもらいたいものだよ。
それが口から出そうになるのをかろうじて引っ込める。
「で、どうなんだ。次の職探し、少しは手応えがあるのか?」
「やっぱり、平日週5日出勤必須が多いのよ。週3日で探しているけど中々難しいわね。」
「桂子、まぁ、今のところ有り難い事に仕事があるのだから、今のところになるべく長く居させてもらうことだな。」
「そうね。そうしたいのは山々だけど……私みたいな役立たずから、なるべく早く出て行ってあげないとね。」
まったく、桂子は妙なところにばかり気を遣う。おそらく誰も桂子にそんなことは望んじゃいないだろう。おかしな奴だよ、お前は。
そんな不器用な気遣いができるなら、コールセンターを理不尽に追われ、すっかり自信を失ってしまった唯一の家族であるこの俺を、もう少し労わってもらいたいものだよ。
俺も今年で70歳になる。
家の買い物や食事の支度、ゴミ捨てだけでも体にこたえるようになってきた。糖尿病の数値は安定しているが、この頃やけに体がダルくなる。
桂子にわかってもらいたいが、桂子は病気だ。このやりきれなさをどこへぶつけられるのだろう。




