清水の舞台と、二人の妻
「ただいま。」
再診日の朝、俺にありったけの罵声を浴びせてから、出て行った桂子が、帰宅した。
今朝の桂子の罵声の内容は、これまでになく残酷で情け容赦ない俺への仕打ちだった。
「どうして?どうして付いてきてくれないの?
あの病院に行くのが怖いって、もう何年経ったのよ。まったく、いい大人が、いつまでウジウジしているのよ!」
「桂子、落ち着いてくれよ。それだけじゃないんだよ。前回、お前が、俺が付いてくると自分の話す時間が減るって言ってたよな?」
「それが?今日は、付いてきてほしいのよ。薬の副作用について、昭夫さんの口から先生に説明してもらった方が先生によく届くと思ったから。」
「ごめん、桂子。今日は、なんだか憂鬱で。」
「ほら、ごらんなさい。あなたが尻込みしているだけじゃないの。昭夫さん、逃げてちゃだめよ。ちゃんと自分で向き合って、自分で解決しなきゃ。」
何が、ほら、ごらんなさい、だ。俺がいつもお前に言いたいけど黙っていることだぞ。
「昭夫さん、ほら、清水の舞台から飛び降りた気で、奮起して頂戴!」
「桂子、それは、俺に死ねと言っているのと同じなんだよ。」
「何よ。大袈裟な。死ねるものですか。死ねるものなら死んでみなさいよ。」
「桂子、いくらなんでも、それは、本当に、言い過ぎ、だ、ろう?」
俺は、息も絶え絶えに、反論した。
桂子も、さすがに、バツが悪かったのか、
「昭夫さん、わかったわ。いいわよ。一人で行くわ。じゃあね。お大事にー。」
それから、桂子が帰って来るまで間、俺は、何も口にする事が出来ず、また頭を抱え込んで布団に潜り込んでいた。
「ただいま。」
帰って来た桂子は、またコロッと変わり、陽気だった。桂子の中に2人の桂子が居るようだ。朝の桂子はもう一人の桂子か。。
「昭夫さん、入院するまでもないそうよ。お薬を調整していただいたの。効果が出てきたら、お仕事再開できるわよ。」
「桂子、そうか。
やっぱり、転院してよかったな!」
俺は、ほっと胸をなで下ろした。病院の先生に心から感謝したい気持ちだ。
俺には為すすべがなかった。
病院の先生は、いとも簡単に、この桂子を手懐ける事ができたのかと、さすがはプロのお医者様に拍手喝采したい気持ちだった。




