表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/31

居場所のない檻

「社会から『いらない』って言われたのは、あなたのほうじゃない!」

その言葉がリビングの空気を切り裂き、俺の心臓のいちばん柔らかい場所を抉り取った。


コールセンターで、あの梶川さんが向けた蔑みの視線。派遣会社の担当者が浮かべた、汚物を見るような薄ら笑い。それらが桂子の声と重なり、俺の目の前が真っ白になる。


「……桂子、それは……」


言い返そうとした俺の喉は、ひりついて音にならなかった。


だが、その瞬間だった。

張り詰めていた糸がプツリと切れたように、桂子の顔から険が消えた。


見開かれていた瞳から、大粒の涙がぼろぼろと溢れ出し、彼女はその場に崩れ落ちた。


「……あ、昭夫さん……ごめんなさい、私……」


床に膝をつき、嗚咽を漏らしながら、桂子は俺のパジャマの裾を震える手で掴んだ。


「嘘よ、今の言葉、全部嘘。ごめんなさい……私、自分が怖いの。あんなに酷いことを言うつもりじゃなかったの。昭夫さん、捨てないで。お願い、私を一人にしないで……!」


さっきまで俺をズタズタに切り裂いていた猛獣は、どこへ行ったのか。

そこにいるのは、嵐に怯える子供のような、あまりにも脆く、あまりにも身勝手な一人の女性だった。

俺は、怒りをぶつける場所を失ったまま、立ち尽くした。


これが、俺たちの日常だ。

烈火のような罵声の後に訪れる、この「飴」という名の毒。


彼女は俺を地獄に突き落とした直後、その地獄の底で「助けて」と俺の首に腕を回してくるのだ。


「……わかってるよ、桂子。大丈夫だ。君は疲れているんだよ」


俺は、自分を「痴漢冤罪の加害者」と罵ったばかりのその肩を、優しく抱き寄せた。

皮肉なものだ。彼女を許すことでしか、俺は自分の「善性」を確認できない。彼女に縋られることでしか、社会から拒絶された俺の存在意義を見出せない。

これこそが、共依存という名の蟻地獄。


アライグマを飼うおばさんは、噛みつかれても「最後まで責任を持つ」と言った。

だが、おばさんは知っていたのだろうか。

本当に恐ろしいのは、噛みつかれる痛みではなく、傷口を舐めながら「あなたしかいないの」と泣かれる、この逃げ場のない甘い絶望なのだということを。


「よしよし、もういいから。夕飯を食べよう。温かいスープを作ったんだ」


「昭夫さん……ありがとう。あなたは、本当に世界一優しい人ね……」


桂子は俺の胸に顔を埋め、安堵のため息をついた。

俺のパジャマには、彼女の涙と、夕食の準備でついた微かな油の匂いが染み付いている。

俺は、いつかこの腕の中で、自分自身が摩耗して消えてなくなる日を予感していた。


彼女を抱きしめるこの腕は、彼女を守るための防壁ではなく、自分たち二人を閉じ込める**「檻」の格子**そのものなのだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ