居場所のない檻
「社会から『いらない』って言われたのは、あなたのほうじゃない!」
その言葉がリビングの空気を切り裂き、俺の心臓のいちばん柔らかい場所を抉り取った。
コールセンターで、あの梶川さんが向けた蔑みの視線。派遣会社の担当者が浮かべた、汚物を見るような薄ら笑い。それらが桂子の声と重なり、俺の目の前が真っ白になる。
「……桂子、それは……」
言い返そうとした俺の喉は、ひりついて音にならなかった。
だが、その瞬間だった。
張り詰めていた糸がプツリと切れたように、桂子の顔から険が消えた。
見開かれていた瞳から、大粒の涙がぼろぼろと溢れ出し、彼女はその場に崩れ落ちた。
「……あ、昭夫さん……ごめんなさい、私……」
床に膝をつき、嗚咽を漏らしながら、桂子は俺のパジャマの裾を震える手で掴んだ。
「嘘よ、今の言葉、全部嘘。ごめんなさい……私、自分が怖いの。あんなに酷いことを言うつもりじゃなかったの。昭夫さん、捨てないで。お願い、私を一人にしないで……!」
さっきまで俺をズタズタに切り裂いていた猛獣は、どこへ行ったのか。
そこにいるのは、嵐に怯える子供のような、あまりにも脆く、あまりにも身勝手な一人の女性だった。
俺は、怒りをぶつける場所を失ったまま、立ち尽くした。
これが、俺たちの日常だ。
烈火のような罵声の後に訪れる、この「飴」という名の毒。
彼女は俺を地獄に突き落とした直後、その地獄の底で「助けて」と俺の首に腕を回してくるのだ。
「……わかってるよ、桂子。大丈夫だ。君は疲れているんだよ」
俺は、自分を「痴漢冤罪の加害者」と罵ったばかりのその肩を、優しく抱き寄せた。
皮肉なものだ。彼女を許すことでしか、俺は自分の「善性」を確認できない。彼女に縋られることでしか、社会から拒絶された俺の存在意義を見出せない。
これこそが、共依存という名の蟻地獄。
アライグマを飼うおばさんは、噛みつかれても「最後まで責任を持つ」と言った。
だが、おばさんは知っていたのだろうか。
本当に恐ろしいのは、噛みつかれる痛みではなく、傷口を舐めながら「あなたしかいないの」と泣かれる、この逃げ場のない甘い絶望なのだということを。
「よしよし、もういいから。夕飯を食べよう。温かいスープを作ったんだ」
「昭夫さん……ありがとう。あなたは、本当に世界一優しい人ね……」
桂子は俺の胸に顔を埋め、安堵のため息をついた。
俺のパジャマには、彼女の涙と、夕食の準備でついた微かな油の匂いが染み付いている。
俺は、いつかこの腕の中で、自分自身が摩耗して消えてなくなる日を予感していた。
彼女を抱きしめるこの腕は、彼女を守るための防壁ではなく、自分たち二人を閉じ込める**「檻」の格子**そのものなのだ。




