第58話 騎士団長の乱心 1
遡ること四年前、この日はガランが騎士たちに指導を行っていた。
「うわぁっ!?」
「踏み込みが甘い!重心もブレているぞ!」
「す、すみません!」
「謝る暇があったら立て!敵は待ってなどくれないぞ!!」
「は、はい!」
喝を入れつつガランは次々と模擬戦を行い、一人一人の長所と短所を指導しながら打ち倒していった。
訓練が終わる頃には騎士たちは疲労困憊状態になっていた。
「本日はここまで!明日の訓練も厳しくいくから、今日のうちにしっかりと休むように……解散!」
「はー……終わった……」
「やっぱ騎士団長はすごいな」
「ああ、騎士団長がいればモッコクは安泰だな」
「そりゃそうだ。大型魔獣と一対一でやり合えるんだぞ?騎士団長に敵うやつなんかいないって」
「そうそう、騎士団長は最強だ」
「「「はっはっはっはっ……」」」
「……」
その日の夜、ガランはウォルターとジャイブと共に酒場に来ていた。いつものガランは酒を豪快に飲み干し、酔いに任せて談笑を楽しむのだが……今回は毛色が違った。
「団長?今日はお酒の進みが悪いようですが……何かありましたか?」
「……俺は……この国にいない方がいいのだろうか……」
「何を馬鹿なことを……あなたは我々騎士団にとって必要な方です」
「……下の者たちが言うんだ「騎士団長がいれば安泰だ」……と」
「団長の強さは皆が知るところですからな……心の拠り所にしているのでしょう」
「それではいかん!」
「!」
ガランが力強くテーブルを叩く音が響くと、酒場が一瞬静まり返る。しかし、酔っ払いが突飛な行動を起こして大きな声や音を出すことなど酒場では日常茶飯事であり、特に問題にはならなかった。
ウォルターとジャイブがガランを宥めたが、酔いが回っているのか興奮気味に話を続ける。
「団長、落ち着いてください」
「確かに俺は強いかもしれん。だが、一人の力などたかが知れている。全員が俺と同等……いや、俺を超えるぐらいの気概がなければならんのだ!」
「確かに……あなたに憧れる者は多い一方で、あなたを目標に邁進する者が多いかと言われると……」
「あなたという壁は高すぎるのかもしれませんな」
「他人事のような口ぶりだが、お前たちも例外ではない。どこか俺に気後れしてるように感じるぞ」
「それは……」
「そうですな……」
「……ウォルター、ジャイブ。お前たちには感謝している。お前たちに助けられたことだって数えきれないほどある。だが、お前たちがそんなことでどうする!俺がいなくなったらどうするつもりだ!」
「だ、団長。まさか、本当に騎士団を辞めるおつもりで……?」
「そうじゃない!戦争、魔獣、野盗……身体を張る仕事なのだから命を落とす理由には事欠かない。俺一人死んで総崩れになるようではいかんと言っているのだ!」
「そう、ですな……」
「……本格的に考えるべきか」
「と、言いますと?」
「俺の後継者を育てることを、だ」
「あなたの後継者ですと!?」
ウォルターは立ち上がり、身を乗り出す。しかし、ガランは酒で喉を潤して話を続けた。
「俺だって人間だ。老いもすれば衰えもする。先を考えるのなら早い方がいいだろう」
「……して、誰をお考えで?」
「まずはウォルター、お前だ。後はアーノルドが有力だな」
「あのアーノルドですか?剣の腕は確かですが、奴は不真面目な遊び人。それだったらジャイブ殿の方が良いのでは?」
「……本人の目の前で言うのも何だが、ジャイブは補佐としては優秀だが、人を引っ張る力に欠ける。俺の代わりは荷が重いと考えているが……」
「……自覚はしております。わたし自身がその立場に立つという想像ができていませんからな」
「ですが、アーノルドは騎士としての自覚に欠けております。奴が騎士団長になったら品格を損ないかねませんぞ」
「品格など後でどうにでもなる。俺とて最低限の礼儀はわきまえてはいるが、どうにかなっているしな。……なにより、奴の考えは俺に近いところがある」
「団長と?」
「実はな。一度この話自体はしてあるのだ」
「なんと!?……して、奴の返答は?」
「断られたよ。上に立って人を引っ張るより、下の者を育てる方が性に合っているとな」
「自分から蹴ったのですか?」
「どれだけ偉くなろうと永久にそこにいられるわけじゃない。将来的なことを考えるなら下をしっかり育てたい……とな」
「あのアーノルドがそんなことを……」
「後、立場を持つといろいろと面倒くさそうだし遊びに行けなくなりそうだからイヤだとも言っていた」
「あンの馬鹿者……っ!」
「飄々としているが、俺は結構評価している。あいつが連れてきたシルトも、良い目をしているしな」
「……ああ、そういえばいましたな。特に秀でた才能があるようには見えませんでしたが……」
「確かに才能で言えば平凡かもしれないが、本気で俺を目指そうと努力を続ける根性は評価に値する。少なくとも、俺の存在にかまけている連中より100倍マシだ」
それからも口論は続き、しばらくしてガランはウォルターたちと別れて帰路につく。夜風を浴びて酔いを醒ましながら考えを巡らせていた。
(ウォルターはいいとして、アーノルドをどうやって説得するか……いっそのこと希望者を募るか?……いや、シルト以外積極的に参加する姿が想像できん。さて、どうするか……)
「……? あれは……宰相殿?こんな場所でいったい何を……?」
ガランが悩んでいるとき、サミュエルの姿を見つける。その様子は人目を避けるように不自然に動き、普段のサミュエルなら絶対に行かないような裏路地に入っていく。ガランはその行動を訝しみ、追跡した。
しばらく歩いていると、黒いマントの男が現れ、サミュエルと親しげに話していた。
(何者だ……?)
「首尾はどうなっている?」
「順調ではあるが、すぐにとはいかないな」
「なんだと?こちらが貴族たちの協力を得るのにどれだけ苦心したか……」
「焦るな。騎士団長のガラン、宮廷精霊術師のエメスを筆頭に、ラミーやウォルターのような実力者がいる以上、確実に仕留めるにはそれなりの準備が必要だ」
「もう話は取り付けあるのだぞ。貴族たちに急かされる方の身にもなれ!」
「確実に仕留めると言ったはずだ。心配するな、次期国王様」
「!!?」
二人の不穏な会話を聞いたガランは怒りに燃え、隠れていたことも忘れて飛び出してしまった。
「! 誰だ!?」
「ガ、ガラン……」
「……宰相殿。今の話はどういうことだ」
「いや、これはだな……」
「宰相の身でありながら、謀反を起こすつもりか!」
「……どうやら、ずっと聞かれていたようだぞ?」
「……ならば、取り繕う必要もないか……その通りだ」
「なぜだ!?」
「……陛下の思想についていけなくなったのだよ」
「!?」
「何事も民が最優先。他国との友好関係を築き、繁栄させる。……だが、その一方で多額の税を納めているにもかかわらず、貴族たちの生活水準は平民に毛が生えた程度。支援も貧しい国には無償で行っている。その金はどこから出ていると思う?我々貴族の税金だ!」
「同盟国への支援なのだ。そういう場合だって―――」
「そんな国、さっさと切り捨てればよいのだ。他国への兵站にも多額の税を掛ければ国はもっと豊かになる。金さえあれば他国に頼らずとも自国の軍事力を強化し、モッコクの地位をさらに盤石にすることができる……モッコクのさらなる繁栄には、変革が必要なのだ」
「……そんな短絡的な変革が成功するわけがないだろう」
「黙れ!お前のような者に、わたしの苦しみがわかるものか!」
「……もう、いいだろう」
熱くなっているサミュエルを黒マントの男、リグが制止する。
「貴様……何者だ?」
「わたしは……いや、名乗る必要もないか。これから死に行く者に」
「……!」
「お、おい、リグ……」
「遅かれ早かれだ。今さら怖気づくな」
ガランはリグの敵意を感じ取り、剣を構える。
「貴様が誰かは知らんが……陛下に仇なす者はここで討つ!」
「計画の邪魔になる者をここで屠れるのなら、ある意味幸運だな」
もしも、ガランが熱くならずにエメスやアレクに相談できていれば、運命は変わっていたかもしれない。だが、酔っていたことで感情が昂ぶり、高い実力とプライドがある種の自惚れとなっている今のガランにはその判断ができなかった。
お疲れ様でした。
過去編はテンポを阻害しかねないのですが、書いてみたくなったので……長くする予定は今のところないので、少しの間お付き合いください。




