第56話 結界 1
寄生虫騒ぎから数日後、再び城に向かうことになった。しかし、エメスの表情がいつもより暗く見えた。
「ノーマ……」
「師匠?」
「…………」
「師匠、どうかしたんですか?」
「……いや、行こう」
「???」
エメスの意図が分からず混乱したが、いつも通り城へ向かった。
しかし、城内に入ると違和感があった。いつもなら出迎えてくれるリリアンはおらず、それどころかいつもよりも人が少ないように感じた。不思議に思っていたが、エメスは特に言及することなく謁見の間へ向かった。
程なくして、サミュエルが大勢の医師を引き連れて戻り、報告のため謁見の間へと足を運んだ。
「陛下、サミュエル・タリバ。ただいま戻りました」
「……」
「……陛下?」
「続けよ」
「は、はい!ご覧ください。交渉に少々手こずりましたが、腕利きの医師たちを連れてまいりました!これならば殿下の命も……」
「必要ない」
「……はい?」
「必要ないと言ったのだ」
「……そ、それは一体どういう……」
「治療は既に完了した」
「そ、そんな馬鹿な!あの寄生虫に効く薬草はないはず……」
「モッコクは古来より害虫や疫病、寄生虫との戦いを経て発展してきた国だ。その知識を総動員すれば何とでもなる。……ところでサミュエル、なぜカルロスの病が寄生虫によるものだと知っている?」
「え、あ、いや……」
「寄生虫が原因だと判明したのは貴様が医師を呼びに城を離れた後だ。貴様は行き先も告げなかったので連絡の取りようもなかった。どうやって知ったのだ?」
「そ、それは……たまたま同じ症状の者を知っていたので……」
「ならばなぜ、カルロスが倒れたときに言わなかった?」
「そ、それは……」
「貴様が持ち込んだからであろう?」
「へ、陛下、何を言うのです!?な、何を証拠にそんな……!」
「証拠か……まぁ、その証拠はないな」
「証拠もなく宰相であるわたしに濡れ衣を着せるとは、いくら陛下といえども侮辱が過ぎますぞ!」
「だが、動機ならここにある」
「……へっ?」
アレクは書類をサミュエルに投げ渡す。それは、国を乗っ取る内容を記した計画書類諸々と暗殺ギルドへの依頼書、そしてある国との契約書類だった。サミュエルは書類を拾い上げ、一つ一つ読む度に青ざめていき、慌てて破り捨てていた。
「貴様の企みはすべてわかっている。……この書類に見覚えがあるだろう?」
「な、なぜ……なぜ、この書類がここに……書類は、確かにあそこに……」
「隠し部屋に保管されている物も、今お前が破り捨てた物も、精巧に作らせた偽物だ。原本はこちらで別途保管している」
「に、偽物ですと……そんな……」
「証拠隠滅を図られては堪らんからな。案の定だったようだが……」
「ぐっ……」
「よりにもよって、セイクント王国と与するとはな……この愚か者め!」
セイクント王国、かつては果樹園と色とりどりの花が咲き誇る美しい国だったが、前王の死後、その後を継いだ現国王がその肥沃な大地に目をつけ、富と繁栄を理由に麻薬植物の栽培を始めたのを皮切りに国は一変した。麻薬により得た莫大な金に人の心は腐り果て、金の匂いを嗅ぎつけてならず者やゴロツキなどが集まり、挙句の当てには犯罪組織までもが蔓延るようになった。しかも、国は取り締まるどころか多額の上納金を納める代わりに黙認するなどやりたい放題の状態まで堕ちてしまった。
かつてはモッコクも同盟を結んでいたものの、アレクはその現状を嘆き同盟を破棄。セイクントは莫大な資金を持ってこれを阻止しようと奮闘したものの、一切受け入れなかった。
その報復なのか物流の妨害といった嫌がらせを行い、再度同盟を結ぶように圧力を掛けるようになった。しかし、その行いが他国に知れ渡り危うく孤立しかけ、しばらくの間は何の音沙汰もなかった。
「うぐぐ……」
「今頃は貴様の甘言に乗せられ、手を貸した貴族たちも拘束されているはずだ。……申し開きがあるか?」
「……」
「サミュエル・タリバ。今より貴族及び宰相の地位を剥奪。並びに王族への暗殺未遂、国家反逆罪で貴様を裁く。観念するのだな」
「……!」
うな垂れるサミュエルだったが、突如体が震えだし、大笑いを始めた。
「ふっ、ふふっ……ふはははははははっ!!」
「その笑い……認めたと取るが?」
「ええ、そう思っていただいて結構!ですが陛下、わたしが何の準備もしていないとでも?……お前たち!!」
医師たちが変装を解き、黒い装束を纏った集団へと変わる。
「その言葉、そのまま返そう」
アレクも合図を出すと近衛騎士、精霊術、ラミーやウォルター、エメスを含めた面々がサミュエルを取り囲んだ。
「すでにカルロスもリリアンも避難させている。城の外も騎士たちを包囲させているから逃げ場はない。……そして、お前たちが何者なのかもわかっているぞ。闇ギルド“人形劇団”よ」
闇ギルドとは、冒険者ギルドと対極に当たる存在で、裏取引・暗殺・密輸品売買など表立ってできない裏稼業を生業にしている。その内容はいずれも犯罪であるため失敗すれば罪に問われるが、その報酬は冒険者ギルドとは比べ物にならないほど高額であり、リスクを承知で受ける者が後を絶たない。
碌でもない組織ではあるのだが、その一方で経歴に傷があり、まともな職に就けない者や、短期間で大金が必要で止むに止まれぬ者など、社会の爪弾き者の最後の受け皿としての役割も持っている。
黒装束の男がサミュエルを睨みながら口を開く。
「まったく……使えない男だ。残すなら厳重に保管しろとあれほど言ったのに……」
「想定外のことだ。仕方がないだろう」
「あんたはそれが多すぎる。そんなだから騎士団長とやらにも嗅ぎ付けられたのではないか?」
「ふん、過ぎたことをグダグダと……」
「……貴様ら、自分たちの立場がわかっていないようだな?」
サミュエルと黒装束の男が言い争いをしている中、光の精霊術による光線の檻が形成される。しかし、黒装束の男は余裕の表情で挨拶を始めた。
「これはこれはアレク・バーコン陛下。お初お目に掛かります、わたくしは闇ギルド人形劇団ギルドマスター、リグ・タランと申します」
「ギルドマスター直々とはな……」
「国一つ取ろうというのですから、生半可な戦力では太刀打ちできませんからな」
「だが、ここまでだ。貴様たちが闇の精霊術師であることもわかっている以上、こちらも備えてきた。セイクントとどういう取引をしたのか知らんが。すべて吐いてもらうぞ!」
「確かに、この檻は厄介ですね。仮に檻を破れたとしても、これだけの光の精霊……それも上位精霊までいるようでは勝ち目はありません……ですが……」
リグが不敵に微笑むと、光の檻が霧散する。周囲が狼狽えている中、リグは言葉を続けた。
「なっ!?一体何が……」
「こちらの準備は既にできている。……ドグモス、光の世界に闇の帳を降ろせ!」
蜘蛛に擬態した闇の精霊ドグモスが力を開放すると、城全域に歪で大規模な魔法陣が出現し、城を丸ごと闇に包み込んだ。
お疲れ様でした。
ちなみに、アレクがしゃべった寄生虫の治療のくだり(モッコクは古来より~の部分)ですが、相手を動揺させるためのタダのハッタリです。誤植ではないので悪しからず……




