第50話 没落貴族 2
「あ、いえ……シルトがいなくなったところで、アニーさんがあなたを好きになることってあるのかなって……」
「どういう意味だ!シルトなど地位も何もない。アーノルドさんの弟分というだけの没落貴族だぞ!」
「でも……アニーさんは地位を持っているあなたよりもシルトが好きで、あなたの求婚を断ったんですよね?」
「……っ!」
「じゃあ、地位って関係ないんじゃ……」
「なぜだ!?女の騎士なんて長く続くわけがない。婚期を逃す前にオレがもらってやれば、騎士という激務から解放され、これまでより贅沢な暮らしができるのだ。不満はないはずだ!」
「……それは、アニーさんが望んだんですか?」
「!?」
「アニーさんが、「騎士なんかやめて、結婚して贅沢な暮らしがしたい」と言っていて、それを聞いたあなたが求婚したなら辻褄は合うんですが……その辺りはいかがですか?」
「……いや、それは……言ってはいなかったが……それでも!子爵の嫡男であるわたしの求婚を断るなど、おかしいだろう!?」
ラクマの発言に頭を抱えたが、なんとか理解してもらうためにノーマは奮起する。
「……ラクマ様、今更ながら無礼をお許しください」
「なんだ?」
「貴族の政略結婚とは違い、わたしたち平民の女性はある程度の恋愛は自由なんです。つまり、家よりも自分の感情を優先していい場合があるんです」
「だったら何だというのだ!」
「その人にとっての幸せを理解せず、一方的な価値観を押し付けて、幸せにしてやると言われても……幸せなのはあなただけだと思います」
「そんなはずはない!」
「……本来、わたしたち平民の女性が貴族の方からの求婚は断りにくいのです。あなたの言うように幸せになれるなら、なぜアニーさんはあなたの求婚を断ったのでしょうか?」
「そ、それは……い、いや、シルトに気持ちがあるから―――」
「いいえ、きっと違うと思います」
「お前に何がわかる!!」
「わかりません。ですが、あなたが思う幸せをアニーさんが望んでいない以上、シルトがいなくても結果は同じだと思います」
「そ、それは……」
「それに、今の状況はもっと悪いです。プロポーズを断った腹いせに、嫌がらせをするような方と婚姻を結びたいと思いますか?」
「うっ……!」
ノーマの容赦のない言葉に、ラクマは気圧されていた。ノーマとの論争の中で、ラクマは徐々に自分のやってきたことに自信がなくなっていった。
ラクマは頭を抱え、地面に膝をついた。
「違う……違うんだ……そんなつもりじゃ……」
「……アニーさんのどこが好きだったんですか?」
「彼女は……影があって、決して目立つような性格ではないが、皆が面倒に思うことでも嫌な顔一つせずに真摯に取り組み、そんな姿に皆が自然と惹かれていくような不思議な魅力を持った人なんだ。そんな一生懸命な彼女が……わたしは好きなんだ……」
「……それは本人に言いましたか?」
「……いや」
「さっきの「女の騎士なんて~……」よりも、ずっと素敵な理由じゃないですか!?どうして本人に言わなかったんです?」
「断られると思わなかったんだ……」
「……今は、どうしたいですか」
「……もう一度、話がしたい。どうすればいい?」
「う~ん……アニーさんに謝罪して、話を聞いてもらう……とかでしょうか?」
ノーマがラクマに提案する中、提案を聞いていた取り巻きたちが野次を飛ばした。
「おい、貴様!さっきから聞いていれば偉そうに何を言う」
「そもそも平民の分際で貴族の求婚を断るなど、我ら貴族への侮辱だ!」
「なのに謝罪しろだと?平民ごときに誰が頭など下げるか!むしろ、求婚を断ったことを詫びるべきなのだ!」
「……お前たち、少し黙ってろ」
取り巻きたちをアーノルドが制止する。ノーマはラクマに向き直り、改めて問いかけた。
「……あなたも同じ意見ですか?」
「……」
「……わたしは貴族のことは何も知りません。平民に頭を下げることがどれほどのことなのか、それでなにが変わってしまうのか……何も……」
「……」
「でも……それがアニーさんより大事なら、わたしから言えることはありません。それこそ、あなたの考える幸せを理解できる方と婚姻した方が幸せだと思います」
「!! ……」
ラクマは立ち上がり、取り巻きたちにヘッドロックをキメているアーノルドの元へ向かった。
「アーノルドさん」
「……どうした?」
「アニーと話す場を設けてはいただけないでしょうか?」
「……それはいいが、どうする気だ?」
「彼女と改めて話がしたいのです。もう一度だけ、どうしても……」
「……また彼女を傷つけるだけじゃないか?」
「……もうわたしに彼女を愛する資格はないのかもしれません。それでも、わたしは彼女を諦めたくないんです!お願いします!!」
深々と頭を下げるラクマの様子に、アーノルドは溜息を吐きながら答えた。
「……わかった。とりあえず話だけはしてみる」
「……!」
「ただし、アニー本人が拒否しても逆恨みはするな。それがお前のやってきたことだ」
「……はい、よろしくお願いします」
その場を立ち去るラクマの後を、アーノルドから解放された取り巻きたちが追った。
「ラクマ様、よろしいのですか?」
「わざわざそんな女にこだわらなくても……」
「ここからはわたしの問題だ。お前たちといえど、あまり干渉しないでくれ」
「「ら、ラクマ様~……」」
取り巻きたちの声が遠ざかり、ノーマは一息入れる。そんなノーマに、いつでも助けられるように構えていたシルトとアーノルドが声を掛けた。
「ふぅ……」
「お疲れ、ノーマちゃん」
「はい……ちょっと、疲れました」
「ヒヤヒヤしたぞ……」
「ごめんね。でも、なんとかなってよかった……」
「それにしても……ノーマちゃん、意外と言うねぇ。結構そういう経験が豊富だったりする?」
「それは……えっと……」
「……あるのか?」
ノーマが顔を赤らめ言い淀んでいる姿に、シルトは焦り感じていた。しかし―――
「師匠が買って来てくれた恋愛小説に似たような話があったから、それを参考にしただけなんですよね……」
「小説かよ!」
「エメス様がそんな本を買うとは意外だな」
「わたしがいるところって森の中ですから他に遊ぶところもないし、気を使ってくれたんだと思います……まぁ、わたしよりもアクリアの方がハマっちゃってますけどね」
「なるほどね……あっ、シルト。そろそろ休憩終わりじゃないか?」
「ああ、もうそんな時間か」
「……あっ!?ごめんシルト。お昼ご飯、食べれてないよね?」
「大丈夫だ。これがあるからな」
「メンチカツだけじゃ足りないでしょ?」
「パンと野菜と肉が一緒に摂れるんだから大丈夫だろ」
「栄養的には大丈夫じゃないよ!?」
「時間がないから今日だけだ。……またな」
「う、うん……またね」
メンチカツを頬張りながらシルトは足早にその場を立ち去った。
お疲れ様でした。
時間が足りません……




