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転生したけど……


 ――生まれて始めてみた物は青い空と雪の重みでしなだれる木々の枝葉だった。色は真っ白で初めて見たけど樹氷って奴だろう。


 寒い。いきなり寒い。とにかく寒い。

 とりあえず、俺が知らない場所である事は間違いない。

 背中に感じる冷たくやや固い感触。

 重い頭をややもたげてみると、俺の体の上になめした毛皮が布団代わりに何枚も重ねられているのが目に入った。感触からして背面も恐らく同じ材質。

 はだけた土の上になめした毛皮が数枚重ねてあるだけのベッドと呼べるかもわからない代物に俺は寝かされているのだろう。

 背中がゴツゴツとして痛いし非常に冷たいが、高さが数センチほどしか無いので転げ落ちても怪我しないという点だけは安心だ。


 折からの風にダイヤモンドダストが舞い、太陽光を浴びてキラキラと乱反射する。

 なかなかに幻想的な光景だ。

 この身に襲いかかる尋常じゃない寒さがなければ、俺はきっと感動を覚えていたことだろう。

 とりあえずわかったことはここが俺の知る場所では無いことだけだ。俺はこんなに寒いところに来たのは初めてだからな。


 記憶ははっきりしている。別に宇宙人に誘拐されて火星に連れてこられたわけではない。

 

 俺の名前は成沢誠。猛暑日に遊園地で着ぐるみに入って風船を配っている間に熱中症でぽっくりと逝ってしまった憐れな三十歳の童貞男だ。

 そんな俺は神と名乗る爺さんと謁見してペルリドって異世界に転生させて貰うことになったわけだな。


 ……つまりここは異世界。知らなくて当然の場所だ。

 改めてみると自分の手が非常に小さい。ぷっくりとしている。

 

 どうやら本当に赤ん坊からやり直すことになったようだ。


 異世界。

 それはゲームや漫画で散々憧れた場所。

 しかし、スタート地点がこれほど寒いとは予想していなかった。

 俺が今寝ているところだけは雪が掻いてあるのか不自然に土が露出しているけれど、周りは一面の雪原だ。猛暑地獄から寒冷地獄。

 数十分前までの炎天下を返して欲しく思えるほどの極寒だ。

 もう寒いを通り越して空気が痛いのだ。

 さっきから寒い寒いと馬鹿の一つ覚えのように俺は言っているが、ここに温度計持ってきたら-20度くらいを余裕でたたき出すんじゃないかと俺は思っている。

 寒い。死んでしまう。ギブミー熱源。


 寒さという危機状況に俺の本能が刺激されたのか遠くでパチパチと火の爆ぜる音が聞こえてきた。多分近くで誰かが火をおこしているんだろう。

 俺の今世における両親かな。

 だとすれば一言言ってやらなければ気が済まない。

 赤ん坊を雪原の真ん中に放置するとはどう言う了見だと。


 俺はたき火の音が聞こえる方へ向かおうと身を起こそうとするが、首を少し動かすのがやっとで上手く頭が持ち上がらない。

 そう言えば赤ん坊って首が据わってないって聞いたことがあるな。


 ならばと俺は両手を支えにして顔を起こそうと思い頭に手を回す。


 そして、違和感を感じた。


 ――フニッ。


 ……な、なんだ? 頭の上になんかあるぞ。


 フニ。フニフニ。


 形は三角っぽい。ふさふさとした毛に覆われている。

 ま、まさか生まれつき頭部に腫瘍のある奇形児ですか!?


 俺は事態を飲み込めず頭と顔をペタペタと触りまくった。


 ……そして、更なる事実に気づいた。

 あるはずの場所に耳が無い。


 え、なにこれ。どうなってんの? ホウイチ?

 エマージェンシーエマージェンシー。

 鏡があったらすぐに確認したい!

 こんな外にあるはず無いんだけれどね。

 しかし、体を動かすのもままならないのが現状だ。


 さて、どうしたものか。


 しばらく身を捩ったりもぞもぞと薄っぺらいベッドの上で体を動かしていると、木々の間にふと小さな人影が目に入った。

 真っ黒い髪をした四歳くらいの小さな少年。

 木の陰から指をくわえてじっとこちらを見ている。

 人形みたいに整った均整な顔立ち。

 将来は女性を泣かせる貴公子然とした青年になるに違いない。

 ただし、格好は全裸に茶色い毛皮を巻き付けただけの王道蛮族スタイルだけどな。

 まあ、それも人によってはある意味ギャップ萌えだろう。

 その少年の頭部から三角の形をしたふさふさの毛に覆われた耳が生えている。

 お尻からは黒く長い毛に覆われた尻尾が生えていてゆらゆらと左右に揺れている。


 なにあれ、コスプレ?

 

 一言だけ言っていいですか。カ・ワ・イ・イ。

 小さな男の子に耳と尻尾って反則でしょ。

 しっぽの形からして猫って事はなさそうだし犬か狼って所かな。

 俺、ノーマルから異常性癖者アブノーマルに進化しちゃうよ!


 俺がケモミミ少年をじっと見ていると、あちらも指をくわえたまま恐る恐ると言った具合に近づいてくる。

 そして、俺の顔を覗き込んできた。透き通った翡翠の眼がじっと俺を見据えている。地球では見ない色合いだ。改めてここが異世界なんだなって実感する。


 ……と、それよりもだ。

 距離が近づいたせいか先程よりも近いところで尻尾がくねくねと気儘に遊んでいる。


 不意に襲ってきた衝動。

 

 つ・か・み・た・い!

 

 抗いきれずに俺はそれに手を伸ばした。

 幼いからかまだ産毛のような細い毛だ。凄く手触りがいい。ふわふわ滑らかな触り心地だ。

 そして、赤ん坊特有のあの衝動が更に襲ってくる。


 ……そう、何でも口に入れてみたい衝動だ。


 がぶっ。 


 「み! みいいぃぃっ!!!」

 

 俺は抗いきれずに魅惑の尻尾に食らいつく。

 ふさふさとした尻尾の長い体毛だけでなく肉の芯までしっかりと咥え込んだからか、少年はびっくりしたのか飛び上がった。

 尻尾の毛並みはぞわりと逆立って元の倍くらいの太さになっている。


 あの反応を見る限り、どうやら本物だったらしい。

 ……まぁそりゃそうか自在に動くわけだしな。悪いことをした。


 少年は余程堪えたようで怯えたように走り去り、木々の間に消えていった。


 ……ほんと、悪かった。

 次は気をつける……かもしれない。

 だってあの手触りは中々に中毒になりそうなんだよ。


 ……それから一分ほど後だろうか?


 俺の寝ている部屋に誰かが入ってくるのが見えた。

 先程の少年そっくりだが、白い髪の女性だ。成人にしてはやや小柄で身長は百四十前後だろうか。もしかすると先程の少年の姉かも知れない。

 こちらも毛皮を体に巻き付けただけの蛮族スタイルで頭部からは先程の少年と同じような形の耳が生えている。尻尾も同様だ。違いを挙げるとすればどちらも毛色が白いこと。

 あの少年と顔立ちもよく似ているから家族なのだろうと推測できる。

 やや幼さが残っている印象を受けるがこちらも顔立ちは非常に整っている。

 美人って言うよりも美少女って言葉の方がしっくりくるかな。

 

 とりあえず、そこまではよかった。


 問題はその後。ケモミミ女性の後に現れた影についてだ。


 全身をびっしりと覆う漆黒の毛並み。毛深いとかそういったレベルを遥かに超越していて肌の露出部分は見当たらない。顔立ちも異常だ。常人に比べて遥かに突きだした鼻面に鋭く尖った牙。

 身長は二メートルほどで体格が良くがっしりとしている。

 性別は分からないがあれだけ雄々しい外見をしているのだから多分男だろう。

 自前の黒い毛皮があるにもかかわらず、茶色の毛皮を着込んでいるのが少し滑稽な気もするが体に巻き付けている毛皮がびっちりと張っている様子を見るに、その下にある腕や腹部の筋肉が相当発達しているのが推測できる。目は金色にぎらぎらと輝いており、まるで獲物に狙いを定めた猛禽のそれに近い。


 「あ、ぎゃ。あぎゃああ、あぎゃあああああっ!」


 思わず俺の口から変な声が出た。びっくりしたのだ。そして叫びたい衝動を抑えきれなかった。


 ……だ、だってあれ、狼だろ。無茶苦茶でかくて二足歩行で服を着ているが間違いない。

 この雪に覆われた森の王者だろうか。

 あれですか。いきなりの詰みって奴ですか。

 何で転生して早々体も動かせないうちにいきなりあんなのと遭遇するんですか。

 俺の両親は俺を雪まみれの森の中に放置して何やってるんですかねぇ!

 つーか、俺捨てられたんじゃね。この状況で助けに来ないって事はそういう事だろ。

 ああ、最悪だ。よりにもよって狼に食われて死ぬなんて。

 そもそも俺犬が苦手なんだよ。

 小さいころ、庭でビニールプールで遊んでいたら、飼い犬に股間を噛まれて食いちぎられそうになったことがあるんだよ。

 危うく女になりかけた挙げ句、細菌感染で高熱を出して死にかけ実家の病院に搬送されるっていう最悪極まりない思い出だ。

 それ以来、俺は犬に対して恐怖心しか持っていない。

 しかも狼つったら人に飼い慣らされてない分、危険度的には犬のパワーアップバージョンみたいなもんだろ。やばいって、かみ殺されるって!


 はっきり言ってパニック状態だった。恐怖という感情だけで頭がいっぱいになってしまう。

 それこそ、ただひたすら泣き叫ぶというだけの全自動泣き声製造マシンと化した。

 以前のメタボマンな俺なら今の状況をもう少し冷静に客観視できたかも知れないが、赤子になった影響か今の俺は前よりも我慢がきかない。

 俺の意思とは反するところに感情を引っ張られ、いともたやすく体を操られてしまうのである。


 泣き叫ぶ俺を見て、狼男はあからさまに肩を落とした。その様子を見てケモミミの女性が狼男の肩にそっと優しく手を置いて俺に理解不能な言語でささやきかける。多分、異世界の言語だろう。

 言葉こそわからなかったが身振り手振りで何となくの推測はつく。

 その様子を見るからに、目の前の二人は相当に親しい関係だと思われるがどうなんだろう。

 少女と野獣って感じだ。

 ……うん、タイトルからして児童ポルノ法に思いっきり抵触している気がするな。


 狼男は俺に向かって、


 「………………!」

 

 なんだかよく分からない言葉を投げかけた後に寂しそうに笑った。

 狼の表情の変化は読みづらいが僅かに口角が上がったので多分そうだと思う。

 それでも俺は泣き止むことは無かった。

 仕方ないだろう怖いんだから。頭の中枢を怖いと言う言葉が占拠して鎖国政策を行い他の行動を全てシャットダウンしてしまったんだ。

 その反応を見て狼男は森の中へと去っていく。

 

 その後ろ姿に少しばかり哀愁を感じた。

 ……多分俺のせいだよな。だったらごめんなさい。


 それを見送った後、小柄な猫耳女性が寝ている俺に近づいてくる。


 「………!」


 やはり何を言っているかは分からない。

 ケチンボな神様め、どうせ転生するなら言葉くらい分かるようにしてくれればいいのに。


 猫耳女性は俺の側に腰を下ろすと、あろう事か胸部に巻いていた毛皮を外した。

 

 当然、そこにはおっぱいがあるわけで。

 ……いや、いろいろ未発達な女性だから厳密には地平線で無いんだけど……でもやっぱりあって。

 何を言っているか自分でもわからんが、とにかくこれはヤバイと目を背けた。


 しかし、その抵抗も虚しくケモ耳幼女に抱き上げられ、首の向きを変えられる。

 そしてそのまま女性の胸(板)に顔を押しつけられた。

 ……うん、決して堅いと入ってはいけない気がする。言えないけれど。


 ……し、しかしいきなりおっぱいを押しつけてくるなんて……な、なんだこの痴女は。

 なんの目的だ。金ならないぞ。


 と、一瞬俺は思ったがそういや俺は赤ん坊だったなと思い出す。

 猫耳女性がしようと思ったのは授乳だろう。確かにお腹は空いた気がする。

 ケモミミ女性が何故俺に授乳するのかはわからないが、栄養を補給しなければ死ぬ事は確定しているので元より俺には選択肢などあるはずが無かった。



 ……しかし。この構図はどうなんだろう。

 どう見ても中学生くらいのケモ耳少女から乳を吸う。

 中学生の母親が慣れないながらも赤ん坊に一生懸命乳を与えている。

 義務教育者の妊娠。日本だったらとんでもない社会問題な気がするが、そんな日本も昔は15で元服(成人)だったと考えると異世界では中学生くらいの年齢の母親は普通なのかも知れない。

 モラルだとか貞操観念とかそういったことを抜きにして考えれば中学生なりに育児に四苦八苦する様は端から見ると割と微笑ましい状況なのかも知れない。

 だけどさ、俺主観から考えると大幅に状況が変わるわけだよ。


 三十歳のメタボなキモメンが少女から乳を吸っている構図に置き換えてみよう。


 ……なんだか犯罪の香りがするね。捕まったりしないよね。


 とは言え、背に腹は代えられない。郷に入れば郷に従えという言葉がある。赤ん坊になったら赤ん坊らしく振る舞うのが吉だろう……。



 ……背徳感が半端じゃなかった。


 多分、乳を吸ったのと同じ量だけ滝のように汗が流れていたと思う。

 出るものが多かっただけにきちんと栄養を摂取できたか正直不安だ。

 全部流れ出してないだろうか。


 ……いやはや精神的な拷問に近い授乳だった。


 しかし、ケモミミ少女のバトルフェイズはまだ終了していなかった。

 今度は俺の下腹部にケモミミ少女は手を伸ばしてくる。

 俺の下腹部には現在おしめと思われる毛皮が巻かれているが、それを解こうという魂胆らしい。


 ……い、いや、俺だって前世で三十年も生きてきたわけだから、何をしようとしているかはある程度推測できるんだよ。

 おしめを取っ替えようって言うんだろ。確かに湿っている気はするよ。

 だからって受け入れられるかと言えば全くの別問題だ。


 毛皮を外されたら当然あれがあるわけで。


 ……や、やめろ。もう俺の精神力はゼロだ。これ以上削らないでくれ。


「あぎゃああ。おぎゃあああっ」


 必死に泣いて抵抗してもケモミミ少女の手は止まらなかった。

 羞恥に悶えながらも俺は地獄のような時間を絶えるしか無かった。


 ……な、なるほど、これが神の言っていた記憶がある事による不都合か。

 今はっきりと分かった。今このときほど記憶が残っていたことを公開する瞬間はあるまい。

 普通の赤ん坊ならば恥ずかしいなんて思わないはずだからな。


 俺は恥辱の中、複雑な思いでケモミミ少女の様子を窺っていた。

 妙に手慣れている気がする。まるで何度か経験したことがあるような印象を受けた。

 だが冷静でいられたのは束の間。


 おしめをはずされた瞬間、俺は両手で顔面を覆い隠した。

 その指の隙間から見た光景。

 俺から恥という感情を一気に吹っ飛ばした驚愕の事実。

 

 ……実を言うと、股の間にもさもさしたあれがあったのだ。

 そいつに意識を傾けてみるとぴくぴくと動く。


 ……うん、どう見ても俺から生えている。そう、お尻の辺りから。

 目の前のケモミミ少女によく似た形状をしている。


 ……待て。いや、待て。落ち着け。


 まさかと思うけど、俺、尻尾が生えてる? 

 よくよく見ればさっきの二足歩行の狼の尻尾の形状によく似ている気がする。

 と、なると俺が転生したのって人間じゃないって事? 

 いわゆる【獣人】って奴?


 ……い、いや、まさか。


 だけど、それである程度得心がいくのも事実だ。

 よく思い出してみよう。

 俺がこの世界に来てから見たのってまだ三人だけど全員三角耳と尻尾が生えていたんだよな。

 じゃあ、俺の頭部にあったのは腫瘍でもなんでもなくてただの耳か。

 つまり、俺も獣人であればあのケモミミ少女の子供だという理屈も成り立つわけで、俺に対して授乳をすることに何もおかしな点が見当たらない。

 親が子供の面倒を見ることは至極当然のことだからな。


 人間に転生すると思い込んでいただけに中々にショッキングだ。

 別に落ち込んでいるわけじゃない。ちょっと驚いているだけだ。

 俺だって全てが自分の思った通りに事が運ぶなんて思っちゃいない。

 俺が想像しうる範囲のことで一番最悪な事態が起こらなかっただけまだ幸運と言える。

 そう、性別が転換していなかったことに比べれば些細な問題だ。

 多分、その可能性もあったはずだ。

 いきなり女性として生きろと言われたらはっきり言ってかなりキツかった。

 だが、尻尾があるかどうかの違いだったらさほどでも無い。

 俺は男を好きになる自信なんて無いし、尻尾があろうと男は男だからな。

 要は俺が言いたいのは尻尾がある女性はカワイイが、尻尾の無い男は……ご察しだって事だ。

 

 こういう時はポジティブシンキングだ。

 

 尻尾があるくらいなんだ。ないよりあった方がいいじゃないか。

 箒の代わりに使えるかも知れないし、多分お得。そういうことにしておこう。


 気がつけば腰に巻かれた毛皮が新しい物に取り替えられていた。

 どうやら俺が尻尾について考えている間に終わったようだ。

 ……いや~考え事があって良かった。

 おしめを替えているところをまともに直視してたら今頃俺は生きちゃいなかった……気がする。


 精神的にどっと疲れたのか、安心した途端に眠気が襲ってきた。


 こうして、俺の異世界転生初日は幕を閉じたのだった。


 そして、俺の赤ちゃんプレイ羞恥地獄生活の始まりでもあった。


 ……内容は……割愛させて下さい。



 ■□□■




 ――それから三ヶ月くらいたった頃かな。



 俺はこんな夢を見た。


 俺は以前と同じオフィスビルの一室にいて、そこにあったソファーにどっかりと腰掛けている。

 今の俺の姿は獣人の赤子では無くて、前世のでっぷりとした懐かしのメタボボディ。

 対面にはいつぞやの神のジジイが座っている。



 「……ほっほ、調子はどうかね?」


 「どうって……まだ動けないから三ヶ月殆ど寝てただけだよ。言葉も分からないし、寒いし暇だし最悪だ。ああ、そうだ。雨が降った日には死ぬかと思ったぞ。で、いくつか聞きたいことがあるんだけど」


 「なんじゃ? ワシが答えられる範囲なら構わんぞ」


 「……なんで獣人なんだ? あの世界には獣人しかいないのか? だったら仕方がないが」


 大体の転生形小説だと主人公は人間に転生すると相場が決まっている。

 獣人は主人公よりも幼馴染みの美少女ポジションに収まることの方が圧倒的に多いのだ。

 俺だって異世界転生だって聞いたからケモミミ尻尾の美少女に遭遇できるかもなんてこっそり想いをはせていたというのに……なんでよりによって転生当人なんだよ。

 自分にケモミミと尻尾があったところで萌えでも何でもないよ。

 異常な事態に困惑するだけだ。 


 そもそもケモミミと尻尾って美少女についてこその萌えパーツだと思うんだよ。

 男の俺があんな可愛らしい物を付けているのは何だか恥ずかしい。

 体の一部だから取り外しも効かないし。

 そのせいで何度か排泄物にもまみれたし、尻尾の根元の毛なんかは汚れを吸って一部変色してしまった。

 赤ん坊だから漏らすのは仕方が無いし、毛が生え替わるまでの辛抱だとは言え、ファンタジーはファンタジーのままにしておいて欲しかった。

 ケモミミ尻尾は幻想であるから美しかったのだ。

 ちょっと文句も言いたくなる。


 「お前さん言ったじゃろ。貴族社会に関わらなくて生活に困らないのがいいと」


 「だからといって未開の蛮族にする事はないだろう」


 俺はあの極寒の地で三ヶ月過ごしてわかったことがある。

 俺が所属しているのは十五人ほどしかいない小さな部族であると。

 そして生活は狩りによって成り立っており、獲物を求めて場所を移動することもある。

 何より酷いことが家すら持っていないこと。

 基本は火の番を交代で立てて森の中で野営している。

 そして雨が降ったら森の奧にある洞窟のような所に逃げ込む。

 そしてその洞窟には猛獣が出るという恐ろしいまでの極限生活。


 「別に物が食えなくても良ければお前さんの言う人間、つまりヒュームの平民にも出来たんじゃが、少なくとも飯くらいは食いたいじゃろ? 戦争で死にたくないじゃろ?」

 「そんなに酷いのか?」

 「人間共は領土を巡って長いこと三国で争っている状態でな。慢性化した戦争で国土は荒れ、平民は最低限を残して徴兵を強いられる。徴兵から逃れた僅かな平民が馬車馬の如く働いて食料を捻出しても殆ど貴族に買われてしまう状況じゃ。平民は働いても働いても食えないのが殆どじゃな。首が回らなくなって子供を売って金に換える親が殆どじゃ。買われた子供は戦争の尖兵して最前線に送られる。大体がすぐに命を落とすことになるがの」

 「……え、マジ?」

 「マジじゃよ。これが人気最下位の世界の【ペルリド】の真相じゃ。失望したかの?」


 確かにその話を聞かされたら寒い森の生活もマシに聞こえる。


 「……じゃが、獣人の場合は少し話が変わってくるの。この世界ではビスティアと呼ばれる種族なんじゃが、大陸の中で尤も過酷な地域に追いやられている代わりに仲間同士の結束は強い。環境は厳しいが、ヒュームの平民よりは幾らかマシじゃて」



 ……ああ。なるほどなぁ。

 確かに俺は獣人は嫌だと一言も言わなかったもんな。

 でも確かな理由を聞かされると一応納得は出来た。

 恐らく俺の言った条件を満たす家が人間の家に無かったのだろう。

 しかし、どうして俺は貴族は嫌だと言ってしまったんだろうか?

 それを避けて爺さんは俺の転生先を探したんだろうが、半分自業自得とは言えあの環境に放り込まれたら文句も言いたくなる。


 「獣人……えっと、ビスティアだっけ。ビスティアにされた理由は何となくわかったけど、それでもあの極寒の地は酷くないか?」


 「酷いのはわかっておる。じゃが、ビスティアの部族の置かれた環境など、どこも似たり寄ったりじゃぞ。他は火山地帯や砂漠なんかが殆どじゃ。ある程度気候が温暖な地に集落を構えておったビスティアの大半は既にヒューム捕らえられて部族ごと奴隷化されてしまっておる」


「つまり、あれか。土地柄的に開発してもメリットがないような僻地のビスティアだけヒュームに見つからずに残っているということでいいのか?」


 「そう考えて間違いないぞい」


 「他の種族はどうなんだ? いるのか?」


 「ドワーフやハーフリングの王国は既にヒュームの手に落ちた。ドラグーンは霊峰の頂きに居を構え直し、エルフの王国は南部の森林地域で必死の抵抗を見せておるがもう間もなくといった所じゃの。落とされた国の国民は全てヒュームの奴隷にされていいように使われてしまっておる」


 「つまり、ヒューム以外の種族は大体奴隷化されているって事でいいか? でも、どうしてそんな事に?」


 「ヒュームの大半が信奉する宗教の教義にはヒューム以外の人権を認めないというものがあるんじゃよ。地上では、神であるこのワシが亜人の人権を認めないと言っていることになっておる。酷い話じゃろ」

 「うん、そりゃ酷い」

 「じゃろ。じゃからワシはそんな宗教潰してしまえと思ってるんじゃがな」

 

 神が潰せと思っている宗教が神を信奉しているって何の皮肉だよ。


 「さて、話はこれくらいでいいかの? そろそろ本題に入りたいんじゃが」

 「本題?」

 「地球の物を取り寄せる能力についてじゃな」

 「ああ、そう言えば転生前にそんな話したなぁ」

 「神々との会議の結果、問題なく認可されたぞい。ただし少しばかりの制限がつくがの」


 神の爺さんの説明をかいつまむとこうだ。

 

 地球の物を取り寄せるために相応の対価が必要だと言うこと。

 これは至極当然なことで、地球に存在する多くの商品は誰かの所有物であるからだ。

 スーパーの陳列棚から黙って引っ張ってきたら万引きと同じ。そういう事だ。

 その所有者に俺がこの世界で手に入れた物を対価として渡すことで異世界にいる俺の手元に届くシステムとなる。

 もっとわかりやすく例を出してみよう。

 この世界で俺が金100グラムを入手したとしよう。

 すると、俺は100グラム相当の価値で買える地球の物をそのまま手元に取り寄せることが出来るわけだ。プロセスとしては金100グラム持って質屋に行って現金化してデパートに出かけるとでも思ってくれていい。あちらで現金化するため地球の相場での買い取りとなる。

 この機能を呼び出すのに必要なワードが『ショップリスト』でリストから地球の店を呼び出してあとは自動で取引を行うらしい。

 

「こんなものじゃな。質問はあるかの?」

「とりあえず大丈夫だ」


「うむ。時々こうやってお前さんの夢の中に様子を見に来る。過酷な世界に転生させることになったワシが言うのもなんじゃが、達者で暮らせよ」


「あ、そうじゃ。最後にお前さんにアドバイスじゃ。お前さんには魔法の才能をやったが、ビスティアで魔法を使える者はまずいない。もしも魔法を覚えたいのならば霊峰の麓を目座せ。そこに少々変わり者のエルフが住んでおる。じゃが、魔法の腕前はピカイチじゃぞ」

 

 ……もしやとは思うが、わざわざあの極寒の地に住むビスティアの集団に転生させられたのってそれが原因か?


 などと考えながら、俺の意識は覚醒した。

実をいうと主人公を獣人にした深い理由はありません。作者が獣人好きなだけです。

作者の好みとしては全身モフモフタイプの方が好きですが、主人公は流石に自重して耳尻尾だけ獣人にしておきました。代わりにヴェリドお父さんをモフモフにしたから満足です。

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