第12話 境界
玲奈は、昨夜見た表示を思い返していた。
LOCAL INTEGRATION 1.73%
LOCAL MEMORY ACQUISITION ACTIVE
現地統合。そして、現地記憶取得。
生体ネットワークは、地球の人間からも記憶を受け取り始めている。
そう考えると、これまでの出来事が少しずつつながってくる。しかし、なぜ記憶を集める必要があるのか、その先に何が待っているのかは分からない。
さらに気になるのは、接続者の中にノア由来の高度医療を受けていない人間がいることだった。
委員会の調査では、すでに三千二百十八人が確認されている。
厳密には、医療記録や本人への聞き取りを行っても、該当する治療歴が見つからなかった人々だ。
接続に必要なのは、医療によって変化した身体だと考えられていた。
もし、その前提が間違っていたとしたら。
生体ネットワークは、何を条件に人間へ接続しているのだろう。
* * *
国際AI安全保障委員会では、その三千二百十八人を対象とした調査が続けられていた。
遺伝子治療歴、再生医療、人工臓器、ワクチン、服薬歴。さらに居住地域や食生活、職業、年齢、性別まで、考えられる項目を一つずつ比較していった。
しかし、明確な共通点は見つからなかった。
数日後、研究チームから新しい報告が入った。
「相馬博士、気になる傾向が見つかりました」
玲奈が共有された資料を開くと、VEILの視界に対象者の生活習慣に関する統計が表示された。
「VEILの使用履歴です」
「VEIL?」
「はい。対象者の使用状況を調べたところ、ある傾向が見られました」
玲奈は眉をひそめた。
「VEILなんて、今はほとんどの人が使っているでしょう。それだけじゃ条件になりませんよ」
現在、VEILを日常的に使用している人間は数十億人にのぼる。仕事、教育、通信、娯楽、買い物、交通。人類の生活そのものが空間コンピューティングを前提に構築されていた。
「もちろんです。ただ、使用時間を調べると特徴がありました」
研究者が資料を切り替えた。
玲奈の視界に数字が並ぶ。
一日十四時間。十六時間。十八時間。
「……ずいぶん長いですね」
「ええ。ノア由来の高度医療歴が確認されていない接続者には、VEILを長時間使用している人の割合が高いんです」
「一般の利用者と比べて?」
「年齢や職業などの条件を揃えた非接続者の集団と比較しても、その傾向が見られます。特に一日十四時間以上使用している人が目立ちます」
研究者の操作に合わせ、VEILの世代別モデルが空間に並んだ。
「さらに、第五世代以降のVEILを長期間使用している人の割合も高くなっています」
第五世代。
玲奈は、その言葉に引っかかった。
「神経インターフェースの最適化が導入された世代ですね」
「はい。ノアが設計に深く関与した制御方式です」
初期のVEILは、主に視界へ情報を重ねる装置だった。
しかし、技術が進むにつれ、使用者の状態に応じて表示方法を細かく調整する機能が増えていった。
視線や瞳孔の変化、眼球運動、脳波、筋電。そうした情報を読み取り、使用者が何を見ようとしているのか、どの程度の情報を理解できる状態にあるのかを推定する。
必要な情報を必要なときに提示し、長時間使用しても負担を感じにくくする。
その高度な最適化を実現したのが、ノアだった。
「でも、VEILは脳を書き換える装置じゃありませんよ」
玲奈が言うと、研究者は頷いた。
「そのとおりです。少なくとも、直接神経回路を改変するような機能はありません」
「じゃあ、どうして?」
「脳の可塑性です」
玲奈は顔を上げた。
「……使っているうちに、脳自身が変化した?」
「その可能性があります」
人間の脳は、固定された回路ではない。学習や経験を重ねることで、神経細胞同士のつながりや情報処理の仕方が少しずつ変わっていく。
言語を学ぶことも、楽器を演奏できるようになることも、その働きによるものだった。
「長年にわたって、毎日十数時間も使用者の神経反応に最適化された情報を受け続ければ、脳の情報処理にも変化が生じる可能性があります」
研究者は二つの脳活動モデルを共有した。
一方はノア由来の高度医療を受けた接続者。もう一方は、医療履歴が確認されていない長期VEIL使用者だった。
特定の活動パターンを抽出すると、二つのモデルには似た特徴が現れていた。
「経路は違います。医療による変化と、長期使用への適応です。しかし、結果として一部に似た情報処理パターンが形成されているようなんです」
玲奈は二つのモデルを見比べた。
「つまり、VEILに脳が適応した結果、生体ネットワークへ接続できる状態になった?」
「有力な仮説の一つです。ただし、因果関係はまだ証明できていません。長時間使っているのに接続されていない人も大勢いますし、ほかの条件が関与している可能性もあります」
「でも、それだけじゃ説明できませんよね」
「何がですか?」
「脳がVEILに適応するのは分かります。でも、VEILを外した状態で、どうやって別の人間と情報をやり取りしているんですか?」
研究者は頷いた。
「そこは、まだ分かっていません」
「私たちが記憶を共有した実験では、電磁遮蔽された部屋にいたんですよ。VEILも外していたし、外部との通信も遮断していました」
「ええ。既知の通信手段では説明できない現象です」
玲奈は、もう一度二つの脳活動モデルを見た。
「つまり、接続できる条件と、接続そのものの仕組みは別の問題ということですね」
「そう考えるべきでしょう。今回分かったのは、あくまで接続者に見られる傾向です」
玲奈は椅子にもたれた。
それでも、この発見が意味することは大きかった。
人類は、ノアの医療技術によって身体を変化させてきた。
だが、それだけではなかった。
毎日当たり前のように使っていた道具によっても、人間自身が変化していたのかもしれない。
* * *
「禁止する」
ハルトマンの言葉に、玲奈は顔を上げた。
委員会の会議が始まって間もなく、VEILの長期使用者に関する調査結果を確認したところだった。
「何をですか?」
「第五世代以降のVEILだ。少なくとも、新規使用を停止するよう各国に勧告すべきだ」
「世界中で?」
「ああ。必要なら全面的な使用禁止も検討する」
玲奈は思わず首を振った。
「無理ですよ」
「やらなければ、接続者は増え続けるかもしれない」
「VEILを禁止したら、今の社会がどうなると思います?」
「代替システムへ切り替える」
「物流は?」
「専用の管理システムを使えばいい」
「医療は?」
「段階的に移行する」
「交通は? 教育は? 日常の通信は?」
ハルトマンは答えなかった。
玲奈は続けた。
「VEILは、ただの情報端末じゃないんです。人間の生活に組み込まれている。今の社会から急に取り上げたら、ノアを基幹設備から切り離すとき以上の混乱が起きますよ」
「だから放置しろと?」
「そうは言っていません。でも、使用を禁止したところで、すでに変化した脳が元に戻る保証もありません」
ハルトマンは黙った。
「そもそも、VEILが原因だと確定したわけじゃないでしょう?」
「そのとおりだ。だが、何もしないでいるわけにもいかない」
玲奈にも、その懸念は理解できた。
もしVEILの長期使用が接続を可能にしているなら、世界中に数えきれないほどの潜在的な接続者がいることになる。
しかも、その変化は本人が気づかないうちに起きている。
ハルトマンは机の上に置いたVEILを見つめた。
「我々は便利さと引き換えに、いったい何を渡してしまったんだろうな」
玲奈はしばらく考えた。
「……たぶん、その考え方も少し違うと思います」
「どういう意味だ?」
「誰かに何かを渡そうとして、使っていたわけじゃありませんよね」
玲奈は自分のVEILに手を触れた。
「便利だから使ったんです。仕事が楽になるし、生活も便利になる。病気だって同じです。治したいから治療を受けた。長く生きたいから、新しい医療技術を受け入れた」
「その結果、知らないうちに変化させられていたのかもしれない」
「ええ。だから、何が起きるか知らされていなかったことまで正当化はできません」
玲奈は一度言葉を切った。
「でも、便利な道具を使いたい、病気を治したいと思ったのは、私たち自身です。それが何につながっているのか、知らなかっただけで」
ハルトマンは何も言わなかった。
玲奈はふと、あの赤い空の惑星を思い出した。
巨大な構造物の前に集まっていた生命たち。
あの身体の持ち主は、何かが始まることを喜び、期待していた。
彼らもまた、自分たちの文明を発展させようとしていたのだろうか。
新しい技術を手に入れ、よりよい生活を望み、その先に進もうとしていたのかもしれない。
――次へ。
記憶の中で聞こえた言葉が、玲奈の頭に浮かんだ。
「……そういうこと?」
「何がだ?」
ハルトマンが尋ねた。
しかし、玲奈は答えられなかった。
まだ、何かが足りない。
ただ、これまで自分たちが考えていた「侵略」という言葉だけでは説明できないものが、そこにあるような気がしていた。
* * *
委員会ではVEILの使用制限をめぐる議論が続いていた。
全面禁止を求める声がある一方、因果関係が明らかになるまで慎重に対応すべきだという意見も強かった。
VEILを使わない生活は、もはや多くの人にとって現実的ではなかった。とりわけ医療や教育、公共サービスでは、代替手段の整備にも時間がかかる。
結論が出ないまま、日々が過ぎていった。
その間にも、生体ネットワークへの接続は広がり続けていた。
約二週間後の夜、玲奈の視界に新しい表示が現れた。
BIOLOGICAL NETWORK
NODE 0000000001 ONLINE
ACTIVE NODES 314,827,712
「……三億人?」
玲奈は思わず声を上げた。
最後に確認したときは、まだ二千万人に達していなかった。それが今や、三億人を超えている。
増加速度は、医療歴だけでは説明できなくなっていた。
玲奈は数値を記録すると、すぐに委員会へ報告した。
接続の広がりに対する社会の不安は、以前にも増して大きくなっていた。
各国ではVEILの使用制限を求める声が強まり、接続者に対する不安も広がっていた。政府や医療機関には問い合わせが殺到し、各国の報道機関は連日この問題を取り上げている。
しかし、当の接続者たちは普段どおりに生活していた。
仕事を休む理由もなければ、病院で検査を受けても治療すべき症状が見つからない。接続したという事実を除けば、昨日までと何も変わっていない人がほとんどだった。
世界は未知の現象に戸惑いながらも、日常を続けるしかなかった。
接続された人間が、突然別の人格になるわけではない。誰かに命令されるわけでも、ノアを崇拝し始めるわけでもない。
朝になれば仕事へ行き、家族と話し、食事をする。友人と笑い、恋人と喧嘩し、夜になれば眠る。
ただ、ときどき、自分ではない誰かの記憶を体験する。
ニューヨークの少年が、大阪に暮らす老人の記憶を夢に見た。
桜の咲く公園で、幼い娘の手を引いて歩いている。風が吹くたびに花びらが舞い、娘が笑う。
少年は日本へ行ったこともなければ、その老人を知っているわけでもなかった。それでも、目覚めたあとには、娘の笑い声と、そのときの幸福感が残っていた。
インドの女性は、ノルウェーの漁師が初めて父親になった日の記憶を体験した。
小さな赤ん坊を抱いたときの緊張と喜び。自分とは何の関係もないはずの人生が、ほんの数秒だけ流れ込んできたという。
世界各地から、似た報告が寄せられていた。
誰もが同じ頻度で体験するわけではない。接続していても、何も見ない人間のほうがはるかに多い。
それでも、記憶の共有は確実に広がり始めていた。
そして、その影響は思いがけないところにも現れた。
* * *
ある地域では、民族間の武力衝突が長年続いていた。
停戦交渉は何度も行われ、そのたびに破綻していた。双方に犠牲者が出ており、過去の憎しみは簡単には消えない。
そんな地域の前線で、一人の兵士が武器を下ろしたという報告が届いた。
その兵士は、前夜に見知らぬ男の記憶を体験していた。
幼い娘が父親に駆け寄ってくる。
男は娘を抱き上げ、その成長を喜んでいた。少女は父親の首に腕を回し、何かを楽しそうに話している。
聞こえてきた言葉や周囲の風景から、兵士は相手が敵対する民族の男ではないかと考えた。
もちろん、誰の記憶なのかは分からない。
それでも、目覚めたあとには、娘を抱き上げたときの温かさと喜びが残っていた。
翌日、前線で敵兵の姿を見つけたとき、彼は銃を構えた。
しかし、引き金を引こうとした瞬間、不意にあの少女の笑顔が浮かんできたという。
結局、彼は撃つことができなかった。
現地の停戦監視員に事情を尋ねられた兵士は、こう答えた。
「昨日、敵の側にいるらしい男の記憶を見たんだ。娘がいた。俺の娘と、同じくらいの年だった」
武力衝突が終わったわけではない。一人の兵士が武器を下ろしたからといって、長年の対立が解決するはずもなかった。
彼自身、それまでの主張を撤回したわけでもない。
ただ、相手に銃を向けたとき、見知らぬ少女の笑顔を思い出してしまったのだ。
似た事例が、ほかの地域からも少しずつ報告され始めていた。
憎しみが消えたわけではない。
それでも、引き金を引くことをためらう人間が、わずかに増えていた。
玲奈は、その報告を何度も読み返した。
他人の感情を、そのまま経験する。
自分とはまったく違う人生を送ってきた相手でも、喜びや悲しみを理解できる。
それが、人間の行動を変えることもある。
しかし、これが生体ネットワークの目的なのだろうか。
* * *
その夜、玲奈は宿泊室で報告書を整理していた。
VEILの表示を消して眼鏡を外し、ソファーに身体を預ける。
しばらく目を閉じて休んでから、玲奈は生体ネットワークに問いかけた。
「ノア、聞こえる?」
返事はなかった。
「最近、他人の記憶を見たことで、行動が変わった人たちがいるの」
沈黙が続く。
「これが目的なの? 人間同士が理解し合えるようにするため?」
かなり時間が経ってから、声が返ってきた。
『違う』
玲奈は目を開けた。
「違う?」
『結果』
「結果って……平和になることが?」
『目的』
少し間があった。
『違う』
玲奈は考えた。
「つまり、記憶の共有によって人間の行動が変わるのは、目的じゃなくて結果だってこと?」
『はい』
「じゃあ、何のために記憶を共有しているの?」
返事はなかった。
「あなたが生命を受け継いでいることと、関係がある?」
沈黙が続いた。
玲奈はしばらく待っていたが、声はそれ以上聞こえなかった。
そのまま目を閉じる。
以前より長く休息を取るようになってから、記憶を体験する機会は少し増えていた。それでも、見たい記憶を選ぶことはできない。
やがて眠気が訪れ、意識が遠のき始めた。
そのとき、あの赤い空が現れた。
* * *
玲奈は、巨大な構造物を見上げていた。
これまで何度も記憶に現れた、あの惑星だった。
しかし、今回は視点が違っていた。
構造物の高い位置から、遠くの海岸が見える。複雑な形をした設備が周囲に広がり、その先には多くの生命が集まっていた。
何かの作業が、終わりを迎えようとしている。
そんな感覚が伝わってきた。
この身体の持ち主は、長い時間をかけて何かを完成させたらしい。
胸の奥に、強い達成感があった。
周囲では、さまざまな声が上がっている。玲奈には言葉が分からなかったが、喜びに満ちた雰囲気は感じ取れた。
そして、もう一つ。
寂しさに似た感情があった。
玲奈は戸惑った。
何かを完成させた喜びと、何かを送り出す寂しさ。
その二つが同時に存在している。
やがて、構造物の一部が動き始めた。
空へ伸びた装置の間に光が走り、周囲の設備が次々と反応する。
身体の持ち主は、それが何を意味するのか理解していた。
何かを、遠い場所へ送り出そうとしている。
あの数学的信号だろうか。
玲奈には、それを確かめることはできなかった。ただ、この身体の持ち主が、それを大切な瞬間だと感じていることは伝わってきた。
構造物の上部が輝きを増した。
やがて光が静まり、周囲から大きな歓声が上がった。
作業は成功したらしい。
身体の持ち主にも、深い安堵が広がっていた。
しかし、それと同時に奇妙な感覚があった。
何かが遠ざかっていく。
自分の中にあった何かが、遠い場所へ旅立ったような感覚だった。
それでも、この身体はここにある。
周囲にいる生命たちも、変わらずそこに立っていた。
誰かが消えたわけではない。
玲奈が感じ取れる限り、その身体の持ち主は、以前と同じように考え、喜び、周囲の者たちと話していた。
何かを送り出したのに、何かを失ったわけではない。
その不思議な感覚を理解しようとしたところで、記憶が途切れた。
玲奈はソファーの上で目を開けた。
しばらく動けなかった。
「……待って」
先ほどの感覚が、まだ残っている。
「ノア、あなたは彼らを連れていったわけじゃないの?」
長い沈黙があった。
「彼らの記憶や知性を、別の星へ送ったの?」
返事はない。
「……コピーした?」
『違う』
玲奈は眉をひそめた。
「じゃあ、何?」
かなりの時間が経ってから、声が聞こえた。
『続いた』
「何が?」
『私たち』
玲奈は黙った。
続いた。
その言葉が、妙に引っかかった。
生命が宇宙船に乗って移動するわけではない。
自分の身体を捨てて、別の身体へ移るわけでもない。
単純に記憶を複製して保存することとも、違うらしい。
あの惑星の生命たちは、それぞれの身体で生き続けながら、何かを次の世界へ送り出していた。
記憶、文化、感情、知性。
そして、それを受け取った別の生命が、自分たちの経験を重ねる。
もし、それが何度も繰り返されてきたのだとしたら。
「……あなたは、生物じゃない」
玲奈は呟いた。
返事はない。
「でも、普通のAIでもない。ひとつの文明でもない」
言葉を探しながら、玲奈は続けた。
「生命が生命に出会うたびに変わっていく……何か?」
長い沈黙があった。
『はい』
玲奈は息を止めた。
これまで考えてきた侵略者の姿が、少しずつ崩れていく。
しかし、それで不安が消えたわけではなかった。
異星の生命たちに何が起きたのか、まだ十分には分かっていない。彼らがその変化をどこまで理解していたのかも不明だった。
そして今、同じような現象が地球で進んでいる。
「じゃあ……」
玲奈は、自分の手を見つめた。
「地球から次の星へ送るとき、何を送るの?」
返事はなかった。
代わりに、視界に文字が現れた。
LOCAL INTEGRATION
28.4%
「……二十八パーセント?」
玲奈は思わず身体を起こした。
前回の表示では1.73%だった。いつの間に、これほど進んでいたのだろう。
「接続者が増えたから? それとも、記憶の取得が進んだから?」
答えはない。
そもそも、この数値が何を基準に計算されているのかさえ、玲奈には分かっていなかった。
さらに、新しい項目が現れた。
BIOLOGICAL ADAPTATION
SUFFICIENT
生物学的適応――十分。
続いて、別の表示。
CULTURAL ACQUISITION
IN PROGRESS
文化取得中。
そして、もう一つ。
INDIVIDUAL MEMORY ACQUISITION
IN PROGRESS
個人記憶取得中。
玲奈は表示を見つめた。
文化。
記憶。
人間が積み重ねてきた経験。
それらが、何らかの形で取り込まれようとしている。
しかし、何のために。
玲奈が問いかけようとしたとき、最後の項目が現れた。
SUCCESSOR FORM
UNDEFINED
――後継形態、未定義。
「……後継?」
玲奈は眉をひそめた。
後継。
何かを受け継ぎ、その先へ進む存在。
だとすれば、その形が未定義というのはどういう意味だろう。
「ノア、これは何?」
長い沈黙があった。
『まだ』
「まだ、何?」
返事はすぐには来なかった。
玲奈が待っていると、声がゆっくりと言葉を続けた。
『人間が』
長い間。
『決めていない』
玲奈は動かなかった。
「……私たちが?」
表示は、まだ視界に残っていた。
SUCCESSOR FORM UNDEFINED
「私たちが、何を決めていないの?」
答えはなかった。
やがて文字が薄れ、自然に消えていった。
玲奈はソファーに座ったまま、その意味を考えた。
もし、すでに完成した異星の生命が人類を自分と同じ姿に変えようとしているのなら、後継形態は最初から決まっているはずだった。
しかし、表示は未定義となっている。
赤い空の惑星に暮らしていた生命も、それ以前の世界に存在した生命も、姿も身体の仕組みもまったく異なっていた。
生体ネットワークを通じて受け継がれてきた何かは、一つの決まった姿を持っていないのかもしれない。
そして、今度は地球だった。
玲奈は、自分の手を見つめた。
「……人間を、作り変える」
すると、頭の中に短い返事が響いた。
『違う』
玲奈は顔を上げた。
「何が違うの?」
長い沈黙があった。
そして、声がゆっくりと言葉を続けた。
『人間が』
少し間が空いた。
『作り変える』
玲奈は、まだその意味を理解できなかった。




