ネオポリス編2 埋まった物体
――ヤンク湿原
欝々とした湿気の漂う空気。
一歩踏み込めば、足を取られそうな湿地。
音を吸い込むかのように波打つ湖。
ごうごうと風切り音を立てて、僕ら一行は進んでいく。
ジゼットさんに相談して正解だった。
ホバーボートがなければ、前にも後ろにも進むのに難儀しただろう。
「ジープもいいけど、これもいいね!
風を切る感覚がすっごく気持ちいい!」
リリスは、帆先で両手を広げて笑っている。
「そこに立たれると、前が見えなくて操縦しづらいんだけど」
「いいじゃない。さえぎるものなんてないんだから!」
たしかに、この湿原に障害物はそうそうない。
たまに大きな流木に気を付けるくらいのものだ。
湿地では車輪が、水面ではボートがそれぞれ支えてくれる。
アニトの街を出発してから3日。
僕らは順調にネオポリスに向かっている。
このペースで行けば、あと4日もすれば着けるだろう。
夜は、船上で収納魔法から取り出したアニトの魚を食べる。
食事を終えたら、ボートに横たわって星空を眺める。
湿気で肌がべたつくのは不快だけれど、頭上に広がる星々を見ていると、そんなことも忘れられた。
明日はどんな景色に出会えるだろう。
そんなことを考えながら、僕は目を閉じた。
≫
進むこと5日目。
あと2日ほどでネオポリスにたどり着くであろう時、見慣れない物が目に入った。
湿地から何か生えている。
なんだあれは?
「......お......い」
声か?
僕はボートをそちらに寄せる。
「おーい! 助けてくださーい!」
生えていたのは、人間の腕だった。
泥の中から伸びた腕が、こちらに向かってゆっくりと動いた。
生きているのか。それとも、何かの罠なのか。
僕は警戒しながら、ボートを近づけた。
土の中から声がする。
慌てて掘り起こす。
泥だらけの顔がそこにあった。
「助かった!」
口から泥をこぼしながら、その物体が言う。
とりあえず汚れを落としてから話を聞く。
「助けていただきありがとうございます。
ワタシはアームと申します」
緑色の髪を、左右でツインテールにした髪型。
あどけなさを残してはいるが、大人になりつつある顔。
黒い丈夫な生地の上着に、オリーブ色の少しダボついたパンツ。
首にはタグがぶら下がっている。
「僕はキョウ、こっちはリリス、キキラ、ラーナです」
アームの顔が3人の顔を見つめた。
「ヨロシクお願いします。
ワタシ、ご主人様のご命令でヤンク湿原のサンプルを採っていたんです。
そうしてたら、いつの間にか魔物に囲まれていて...。
気が付いた時には、地面に埋まっていました」
地面に埋まった時点でアウトじゃないのか?
何で生きていられたんだ?
「アームさんは、どれくらい埋まってたんですか?」
「1週間ほどデスネ」
言葉を失う。
よもや人語を操る魔物か?
僕らは身構える。
それを察したアームが慌てて説明する。
「ワタシ、人間じゃないんです」
アームが腕に手をかざすと、ガチャリという音がして腕がもげた。
一瞬驚いたが、切断面を見て納得した。
人間の血肉ではない。
機械だ。
「ワタシは、ご主人様に作られたロボットです。
ところで今日は何日ですか?」
「14日だけど」
「アアッ! ご主人様に言われた期限をもう3日も過ぎてる!
助けていただいて厚かましいですが、急ぎネオポリスまで送ってクレマセンカ?」
こうして、アームをネオポリスまで届けることになった。
いや、輸送か?
どちらでもいいか。
≫
湿原を抜けて一日。
平地の向こうに、大きな塔が姿を現した。
その周囲には、見たこともない建物がいくつも並んでいる。
遠くからでも、何かが動く低い駆動音が聞こえてきた。
「あれがネオポリスです」
アームが誇らしげに告げる。
気づけば、僕は身を乗り出していた。
ネオポリスは人口一万人の大都市で、人々の生活は機械で成り立っている。
本で読んだことはあったけれど、機械を実際に目にするのは初めてだ。
魔道具好きとしては、わくわくが止まらない。
街の向こうにそびえる塔。その周囲を走る無数の機械。
あれは何で動いているんだろう。
魔石を使っているのか、それとも、僕の知らない動力があるのか。
考え始めると、確かめたいことが次々と浮かんできた。
「あー、また始まったわね、魔道具バカ。
わたしたちはこの街で何度カフェに行くことになるんだろう」
「よいではありませんか。何かに熱中するキョウさんの姿も素敵ですよ」
「わしはうまい茶菓子が食えればそれでよい」
僕らはネオポリスの門をくぐった。




