ハランド編2 少女と戦場
――とある異世界の話
「ヒール!ヒール!」
少女は叫ぶ。
淡い光が辺りを照らすが出血が止まらない。
「お願い…効いてよ…。ヒール!」
彼は兵士だった。
彼女は衛生兵だった。
巨大な2国が数百年も領土争いをしている。
彼女はその戦場に借り出されている。
この世界でヒーラーは貴重だ。
なぜなら、ヒーラーは自分の生命力を魔力に還元して魔法を使う。
そのため魔法の行使は自身の身体を蝕んでいき、やがて死に至る。
彼女にヒーラーの素質があるとわかると同時に戦争へと赴くのは必須の運命だった。
戦場は荒廃していた。
見渡しても枯れ木しか見当たらない。
遠くには敵軍。
圧倒的な数量でもはや数える気にもならない。
今日もまた戦争が始まる。
»
鳴り止まない砲声。
弾薬が足りないと叫ぶ兵士。
付近の地面が吹き飛ぶ。
まだ息のあるものに彼女は回復魔法をかける。
回復した兵士はまた戦場に戻っていく。
今日も生き残れた。
でも明日はわからない。
彼も生きていた。
それだけで十分だった。
»
敵の攻勢が激しい。
こちらの防衛線はすでにないも同然だ。
損耗が激しい。
回復が追いつかない。
だんだんと体に力が入らなくなってきた。
「伏せろ!」
彼が言う。
――爆発
一瞬意識がブラックアウトする。
目が霞んで視点が定まらない。
周囲の音がぼやけて聞こえる。
彼はどこ?
身体に重みを感じる。
そこから抜け出すと彼が横たわっていた。
彼女を守るために身を挺したのだ。
「ヒール…ヒール…」
喉から声がでない。
体の芯が冷えていくのがわかる。
彼だけは助けたい。
自分の命の終わりを感じる。
それでも彼女は唱え続けた。
「ヒール…」
»
少女は目を覚ました。
ふかふかなベッドの上だ。
ふと頬に触れる。
目から涙がこぼれている。
幾度も見た夢。
助けられなかった彼と自分。
この世界に2度目の生を受けた自分を呪った。
1人だけ助かってしまった。
彼女はしばし部屋の片隅を眺めたあと、服を着替えて部屋を後にした。
ここはかつての自分が過ごした世界とは異なる世界。
眩しい日差しに照らされた市場は今日も活気がある。
ここには砲弾も硝煙の臭いも死体もない。
平穏な生活。
彼と一緒にこの時間を過ごしたかった。
道端の花壇に枯れかけた花がある。
「ヒール」
彼女の手に白い光が宿る。
花は再び鮮やかな色合いを取り戻した。
彼女は歩き出した。
冒険者ギルドへと。
≫
僕らのダンジョン攻略は行き詰っていた。
29階までは難なく進めたものの、30階のボス、デュラハンが倒せない。
強固な甲冑に身を包んだ首のない騎士。
手には大剣を有している。
「スキル・刺突!」
現在のリリスのスキルの中で最も破壊力のある攻撃だ。
だが甲冑に浅くも深くもない傷を残すだけにとどまった。
僕は剛腕に振り回される剣筋を紙一重でかわしながら関節部分を狙う。
大ぶりな一振りをパリィし、前腕の関節に剣を滑りこませる。
鎖かたびらに剣が押しとどめられる。
やはり甲冑を破壊して動けなくなるまで粉々にするしかないか。
「リリス、一旦撤退しよう!このままじゃジリ貧だ」
「わかったわ!悔しいけれど今は傷しかつけられない」
≫
予想はしていた。
僕のカウンターは戦闘を経るとともにその精度を増していっているが、
それでもスキルに比べて攻撃力は格段に劣る。
リリスのスキルがあるからこそ、ここまで来れたのだ。
そのスキルが効かない。
宿で休みながら思案する。
僕らに足りないのは攻撃力。
ダンジョンを攻略して僕はレベル7、リリスはレベル10まで上がった。
新しいスキルの獲得を期待したが、まだ発現していない。
レベルは身体強化につながる。
スキルはレベルが上がることよりも、実戦の経験や前世の記憶を垣間見えることで発現することが多いらしい。
よくよく考えてみたら、リリスは昔から使っているボロボロの両手剣を振るっている。
装備は大切だ。
特に攻撃職にとって武器は命を預ける相棒である。
武器を新調することによって、デュラハンの硬い装甲を貫けるようになるかもしれない。
一方で僕。
片手剣を新調したところでリリスのスキルほどの攻撃力は見込めない。
今まではカウンターから急所を狙うことで対応してきた。
だが格上相手にはいつまでも通用する手ではない。
僕も何かしらの手段で攻撃力を上げる必要がある。
問題はもう一つ。
ヒーラーだ。
今は幸いまだ致命傷になる傷を受けることなく、ポーションで治療をしている。
今回のデュラハンもそうだが、この先を考えると必然的に回復役が要る。
幸か不幸か、僕ら二人のパーティーはギルドでは有名だ。
僕にスキルがないのにダンジョン攻略が進んでいるからだ。
同時に皮肉を込めた視線も感じる。
どうせそこら辺で攻略は止まるだろうと。
そんな噂のあるパーティーに加入してくれるヒーラーはいるだろうか?
問題はおいおい考えるとして、まずはリリスの武器の新調だ。
だが難点がある。
お金がない。
狩った魔物の落とす魔石を換金することで当面の生活費と少しの貯金ならある。
しかし装備を新調するとなると心許ない。
そこで、僕らはダンジョン攻略よりも実入りの良いクエストを受注することにした。
冒険者ギルドに訪れる。
クエストボードから僕ら二人でもこなせそうな依頼を探す。
街の周辺に出現する魔物の討伐、ポーションの納品...。
ポーションの作り方を母さんに教えてもらっておいてよかった。
薬草さえ手に入れれば作れるから元手が安く済む。
僕らは数日間、クエストを進めた。
今日も冒険者ギルドへ赴く。
クエストボードを眺めて新しい依頼を探す。
≫
彼女はギルドの扉をくぐった。
いつもと変わらずにぎわっている。
ふと視線が一人の少年に吸い寄せられる。
黒い髪に黒い瞳。
一見優しそうに見える顔つきだが、目には確固たる決意が見える。
どことなく彼の雰囲気に似ている。
――私は彼に向って歩き出した。




