ハランド編1 冒険者とダンジョン
――「お兄さんたちはどうしてハランドへ?」
行商人が聞いてくる。
僕らは運よくハランドに向かう荷馬車に乗せてもらっている。
「弟の病気を治すために冒険者になってダンジョン攻略を目指すつもりです」
行商人が前を向き馬車を走らせながら、昔の話をぽつりと語る。
「それは大変だね。私も昔は冒険者として活躍していた時期があったんです。
前世が斧使いだったもので。
でも家族ができて危険のある冒険者の生活とは縁を切って、今は気ままに行商人をやってます」
行商人は懐かしむように馬の背中を見ている。
「前世は冒険ばかりで家族を持つことが叶わずにダンジョンで孤独に死んでしまった。
現世では縁に恵まれて当たり前の幸せってやつを享受してますよ」
元冒険者ということで
冒険者ギルドの使い方やダンジョンについてあれやこれや聞いている間に馬車はハランドの街に着いた。
「お兄さんたち、無茶はするんじゃないよ。命あっての物種だからね」
そう言いつつ行商人は去っていった。
≫
――ハランド
人口は5000人程度。
城壁に囲まれた交易の拠点になっている。
郊外のダンジョンの恵みを受けてこの街は繁栄している。
「ラピッドとは大違いだね。人が多いしそこら中にお店がある。
キョウ、あの屋台は何かな!」
リリスが見慣れない肉の串焼きに目を輝かせている。
確かにここには活気がある。
見渡せば鎧を着た騎士風の男性からローブをまとった女性、
魔道具を腰からぶらさげているものもいる。
ここから僕の冒険が始まるんだ!
僕は高揚感を抑えきれなかった。
≫
街中を探索していると路地裏が視界に入った。
そこには震える手で注射器を持った男がいる。
液体が注入されるとやがて男の顔が幸福に満ちていく。
――前世中毒者。
前世で地位を得たもの。
富を築いたもの。
しかし現世ではそれを得られなかったもの。
そして現世で挫折を味わったもの。
スキルポイントを意図的に消費することで前世の記憶を呼び戻す。
前世の栄光にすがりついて一時の快楽を得る。
繰り返すことで廃人に近づいていく。
彼らにとってそれが救いであり、またこの現世から目を背ける唯一の手段。
世界は誰にでも優しいわけではないのだ。
僕は足早にそこを離れた。
≫
冒険者ギルドは街の中心にあった。
ドアを開け中に入る。
テーブルでは仲間と飲み交わしているパーティーが見える。
「あの、冒険者登録をしたいんですが」
「はい、登録ですね。ステータスパネルを確認させてください」
僕はパネルを差し出す。
【Lv.5 現世: 片手剣士 前世: -- スキルポイント: 0】
「Lv.5ですね。前世は...表記されておりませんが?」
受付嬢は困ったようにこちらを見る。
ギルド内がにわかにざわつく。
当たり前だ。
前世を持たない人間はこの世に存在しない。
そして前世を持たない僕にはスキルポイントがないのも道理だ。
どうしようかと思案しているとリリスが口を挟んできた。
「キョウは剣術を習ってきたの。
街周辺にいるケッポや暴れイノシシくらいなら一人でも狩れる実力はあるんだよ」
リリスがフォローを入れる。
「それでもスキルがないものを冒険者登録することはできません。
あっさり死なれてしまってギルドの信用問題になっても困りますから。
何かスキルを使えるという証明はできませんか?」
どうしよう。僕にはスキルがない。
剣術を披露したところでスキルを出すことはできない。
思案していると、あることを思い出した。
緑色の光。
身体をリラックスさせる。
意識を体内に向ける。
僕の中に流れる何かを感じとる。
それを手のひらに集めるイメージ。
ポッと手のひらが光りだした。
「これでどうでしょうか?」
「この輝きは風魔法に似ていますね。
スキルというにはいささか物足りませんが、修練していけばスキルを取得できるかもしれません。」
安堵のため息が漏れる。
「ただし、冒険者として生きていくためにはそれ相応の実力が求められます。
ここハランドの迷宮で10階層を攻略してきてください。
それができたら特例として冒険者登録を許可しましょう」
よかった。まだ可能性はついえてない。
【Lv.7 現世: 剣術士 前世: サムライ スキルポイント: 50】
僕とは違い、リリスは剣術スキルを披露しあっさりと冒険者証を獲得した。
Fランク冒険証
最初に支給される証だ。
依頼やダンジョンの攻略回数に応じてランクが上がっていく。
中には高ランクでないと入れないダンジョンもあるため、ランクを上げていく必要がある。
――アキの精神汚染は普通ではない。
それこそ高位ダンジョンや神域にあるとされるアーティファクトの力に望みを託すしかない。
ハランドは比較的初心者に優しい街だ。
郊外にあるダンジョンは低層階ならFランク冒険者でも入ることができる。
ダンジョン内には転移陣があり、一度行ったことのある階層はスキップして進むことができる。
それを駆使して最深の50階層を目指すのだ。
このダンジョンで見つかるアーティファクトは一般的なものがほとんどだ。
アキの治療に役立つものではないだろうが、経験を積むにはよい場所だと思う。
≫
街でアイテムの買いだしをしてから僕たちはダンジョンへ向かった。
目の前には洞窟。
入り口は石材で整備されている。
周囲には他の冒険者パーティーの姿が見える。
アキを救うんだ。
僕は今一度自分の意志を確認し歩みを進めた。
ダンジョンの中はほの暗く、湿気に満ちていた。
ここは低階層。
出てくるモンスターは限られている。
慎重に進んでいると奥から気配を感じる。
スケルトンだ。
肉の失われた体に被った兜と剣。
冒険者なら必ず倒したことのある魔物だ。
「あれはわたしの獲物!」
リリスが颯爽と飛び出していく。
幾度かの剣劇を交わした後、あばらが砕けてスケルトンは倒された。
「これくらいの敵なら楽勝だね!」
リリスは嬉しそうに飛び跳ねている。
スケルトンは瘴気とともに骸を消した。後には黒い鉱石が残されている。
リリスがひょいとつまみ上げる。
「これが魔石か。意外ときれいなんだね」
魔石はこの世界に欠かせない鉱物である。
人々の生活を支えている魔道具の作成に利用されるのはもちろん、
武器の強化にも使われる。
特定の魔石には武器に特別な効果を付与するものもあるようだ。
途中、罠に警戒しつつ10階層を目指す。
出てくる魔物はスケルトン、コウモリの姿をしたビッグバット。
いずれも僕とリリスの敵ではない。
地道に鍛錬をした剣術で撃退していく。
≫
難なく10階層に到着することができた。
扉が目の前にある。
この先に魔物がいるのだ。
二人で目配せをしてから慎重に扉を開ける。
中央には人型のシルエットが見える。
部屋に灯りがともる。
グールだ。
腐った肉をまとった膂力のある魔物。
駆け出し冒険者の僕たちには多少骨の折れる敵だ。
リリスが前に出て剣を振るう。
グールの腕に一閃が加わり肉を割く。
だがひるむ様子はない。
僕も加勢し奴を刻んでいく。
グールはその怪力に任せこぶしを振るってくる。
地面がえぐれる。
これが階層の魔物。
道中の敵とは大違いだ。
だが、こちらのほうが優勢だ。
少しずつグールの体力を削り動きが鈍りだした。
間合いを把握した僕は強烈な薙ぎ払いをかわしつつ足に剣を突き立てた。
グールの動きが止まる。
その隙を見逃さずリリスがスキルを放つ。
「スキル 居合い斬り!」
リリスの一撃はグールの首をとらえ、ズルリという音とともに頭が転げ落ちる。
――ザザッ
リリスの頭の中にノイズが走る。
何だろう、この感覚…
――ザザッ
私は知っている…思い出そうとすると頭に痛みが走る。
リリスは膝をついた。
「リリス、大丈夫?」
僕はリリスに駆け寄る。
「わたしは大丈夫。スキルを使いすぎたのかな?
ちょっとふらついただけ」
「それならよかった。グールの魔石を回収してギルドに報告しよう」
目の前に光る転移陣が生成される。
僕らはダンジョンを後にした。




