旅立ち
――ドラゴンの襲撃から半年が経った。
アキは未だに瞳の輝きを失ったままだ。
身じろぎ一つせず横たわっている。
床ずれにならないように体位を変換するが、身体からは一切の力を感じない。
僕はあれから力を付けるために励んだ。
剣術を本格的に修練し始めた。
リリスと共に、リリスの父、警備団長のザックに稽古をつけてもらう。
以前から稽古をつけてもらっていたから基礎はできている。
より一層励むようになってからは素振りにブレがないことを体感できる。
「スキル・居合い斬り!」
木剣どうしの打ち稽古のはずなのに、僕の剣があっさりと砕けた。
「やっぱりスキルってすごいね!身体がイメージ通りに動く。威力も出るし」
リリスが自分の剣を見ながらうれしそうに話す。
「リリスの居合い斬りにしたって、ただ剣を一振りするだけじゃない。
身体強化のバフも同時にかかってるから威力が出るんだ。
スキルは単純な技じゃなくて可能性の塊なんだ」
ザックが木剣の折れた理由を解説してくれる。
スキル。
僕にはそれがない。
単純に修練を積んで技を磨けばよいのではない。
僕が到達できるのは技まで。
その先にはいけない。
「ザックおじさん、僕もっと強くならなきゃいけないんだ。
何か良い方法はないかな?」
「お前の場合スキルが使えないからな。
剣術の練度を高めるしかない。
だが悲観しすぎなくてもいい。
スキルもポイントが無くなれば使えなくなる。
結局最後は己の実力が物を言うのさ」
「それはたしかにそうなんだけど...うーん」
「そこは大丈夫!」
リリスが割って入ってくる。
「わたしも旅についていくから!」
「え?」
「当り前じゃない。
アキはわたしにとって家族の一員なんだよ。
わたしはもう一度アキの笑顔が見たい。
一緒に山でご飯をたべたい。
大きくなったらこの領土でみんなと一緒に暮らしたい。
だから行くの。
私は決めた」
リリスはまっすぐな瞳で僕を見ている。
「それにキョウ、あなたも救いたい。
あの日以来、本心から笑えてないでしょ?
私は二人の笑顔を見ながら日々を過ごすのが好きなの」
「だろうなとは思ってたよ。
オレも行きたいところだが、領地の警備からは離れられない。
だからリリス、キョウと一緒にアキを救う旅に出てこい。
お前たちの帰る場所はオレが守っているから」
リリスが旅についてきてくれる。
これほど心強いことはない。
僕ら兄弟と一番時間を一緒に過ごした親友の願い。
瞳にじわりと涙がにじんだ。
≫
リリスの決意を聞いてから、僕はより一層修練に励んでいる。
「スキル・刺突!」
庭の木に大きな穴が開く。
「スキル・円陣斬!」
周囲の草木が円周状に薙ぎ払われる。
リリスはこの1か月で新たに2つのスキルを覚えた。
一方の僕は伸び悩んでいる。
旅の戦闘をリリスにばかり頼るわけにはいかない。
修練の帰り道、道具屋に寄った。
ベンおじさんが木の加工をしている。
「こんばんは。ベンおじさんは何を作っているの?」
「おう、キョウ。
これは作ってるんじゃない。
カンナの手入れをしてるのさ」
手元を見れば紙のように薄い木くずが散乱している。
「木っていうのは面白くてな、1つとして同じものがない。
隣に生えてた木を加工するのにもそれぞれに癖があって、
同じようにはいかないわけよ。
カンナはいい。
木の人生が1番わかる。
どんな太陽を浴び、風を受け、雨にさらされていたか。」
カンナの金属部分をトンカチでカンカンと叩き、再度削る。
さっきよりも薄く、向こう側が通り抜けて見えるほどのものが削れていく。
薄く...
もっと薄く...
「ベンおじさん、欲しいものがあるんだけど。」
――翌日
「リリス、ちょっと付き合ってほしいんだ」
「いいけど、後ろに隠してるのは何?」
僕は片手剣と小盾を取り出した。
盾をバックルで腕に留める。
「リリスはひたすら全力で打ち込んで。
手加減して欲しいけどスキルも使って。
僕はひたすら耐えるから」
「なんかよくわかんないけど、わかった!」
一礼したあと武器をかまえる。
いつもより軽い感触。
悪くない。
立ち合いと同時にリリスが距離を一気に詰めてくる。
上段からの一閃。
僕は剣で受け止める。
そのまま滑るように剣先は横っ腹へ。
僕は盾でガードする。
リリスははじき返された剣を腰元に納める。
居合い斬りが来る...
「スキル・居合い斬り!」
前髪が切れて視界が明るくなる。
一旦距離をとる。
「スキル・刺突!」
目の前からかき消えるような速さの突きが繰り出される。
一瞬で距離がつまる。
僕の上着が破れ、小さな切り傷を作る。
リリスが僕の横に回り込む。
足を狙った一振り。
身体をねじってなんとかかわす。
近づけば居合い斬り。
距離を取れば刺突で間合いをつぶされる。
スキルっていうのは本当に厄介だ。
剣劇。
その合間、リリスは奇妙な感覚を覚えた。
わたしのスキルは当たっている。
キョウは避けきれてない。
防戦一方だ。
なのにこの違和感は何?
つばぜり合いのあと、リリスは再び間合いを取った。
次の居合い斬り、これで決める。
「スキル...!」
キョウが1歩前に出る。
おかしい。
いつものキョウなら距離を取って回避する。
私の居合い斬りを一番くらっているキョウなら間合いも完璧に把握している。
把握している?
「...居合い斬り!」
瞬速の一振りが繰り出される。
キョウはスライディングをして刃の下を通り抜けた。
リリスの喉元に剣先があった。
キョウの額からは血が垂れている。
スキルを使ったのにわたしは負けたのだ。
「何千回負けたかわからないけれど...やっとリリスに勝てた!」
「キョウ、さっきの立ち合いはわざと?」
「うん、狙ってたんだ。
薄い隙間を。
僕はスキルが使えない。
だけど、敵の急所を攻撃できたらダメージはより通る」
「そのためのカウンターね」
「そう。片手剣と盾、あとは最小限の動きで攻撃を回避しながら隙をつく。
リスクが高いのは承知の上だけど、僕がまともに戦うにはこれしかない」
「まったく、慎重なんだか向こう見ずなんだか、最近わからなくなってきたわ」
――それからも修練の日々は続いた。
僕はカウンターを主軸とした動きをものにするため、体さばきと盾の扱いを集中的に鍛えた。
盾によるパリィ。
これもその中で覚えた技術の一つだ。
さすがに本気を出したリリスにはかなわないけど、
そこらへんの魔物には引けを取らないとザックおじさんから太鼓判をもらった。
剣術の方向性が決まって修練後に時間ができるようになった僕は、母さんにポーションの作り方の手ほどきを受けた。
薬草を煎じて煮詰める。
火加減と仕上げるタイミングによって品質が変わる。
ポーション作りは意外とすんなり覚えられた。
まだ品質はあまりよくないが、軽い切り傷くらいなら治せる。
これは旅をしながら精度をあげていこう。
ベンおじさんの店に通うことも増えた。
魔道具について学ぶためだ。
魔道具は魔道コンロのように日常で使うものから、
一時的にバリアを張る魔道鏡のような旅路での野営、戦闘に役立つ物まで様々だ。
中には攻撃を行うことに特化しているものもあるらしい。
魔道具の動力は精霊石である。
異世界ではデンキやガス、大気のエナジーといったものが利用されているらしい。
この世界では大掛かりな施設が必要なデンキ、ガスは主流にはならず、
また大気に漂うエナジーを取り入れるすべも存在しない。
そこで比較的容易に採掘できる精霊石が動力の主流として成り立っている。
ベンおじさんに借りた本を読みながら寝落ちするのが日課になった。
≫
アキが倒れてから1年が経った。
アキは変わらずベッドの上で虚空を見つめたままじっとしている。
「アキ、僕はあきらめないから。
これから旅に出て治療法を必ず見つけ出す。
それまで辛抱してね」
両親と抱擁をかわし家を出る。
門の前にはすでにリリスが到着していた。
目指すはハランドの街。
郊外にダンジョンをかまえる中規模な都市だ。
門が開く。
――僕とリリスの旅が今始まる。




