前世がない②
――気が付くと僕は家のベッドの上にいた。
心配そうに母さんがのぞきこんでいる。
「よかった、キョウ。目が覚めたのね!二人とも、キョウが目を覚ましたわよ!」
そうだ、僕は倒れたんだ。
真っ黒な瞳のような水晶をみて、前世の記憶のかけらも思い出せず。
「キョウ、大丈夫か?いずれにしても意識が戻ってよかった」
父さんが安堵のため息をはく。
「兄貴、気分はどう?」
家族が僕の心配をしてくれている。
それでも心にぽっかり穴が空いているようだ。
…前世がない。
何もない。
僕の魂はどこからきたの?
「魂卸の儀は何かの不手際だったんだろう。今は休んで後日改めて教会に行こう」
父さんが肩に手を置いた。
温かい手。
僕はまたまどろみに身を預けた。
後日教会へと赴き今一度、魂卸の儀を行ったが結果は前回と同じだった。
やはり僕に前世は存在しないらしい。
「キョウ、大丈夫だ。たとえ前世がなくても自分の力を磨いて生きていける。
前世とは違う職業についているものもいるし、キョウにはキョウの生き方があるはずだ」
父さんが励ましてくれる。
そうだ、前世がなくても僕は生きている。
みんなみたいにスキルは覚えられないし前世の記憶が役に立つことがないかもしれないけれど、
がんばっていけばそのうち何かが開けるかもしれない。
「父さん、僕がんばってみるよ。自分にできることが何か考えてみる。いろんなことをやってみたい」
≫
その日から僕は色々なことを始めた。
リリスのお父さんに剣術を習い始めた。
母さんの手伝いをしながら薬草の知識を学んだ。
本を読んで魔道具の知識を身に着けた。
前世の記憶がよみがえることはなかったけど。
それでも月日が経つにつれ最初は振り回されていた剣を多少操れるようになり、
母さんから聞いた薬草の調合もできるようになった。
スキルを使ったものはできないけれど。
リリスはスキル「居合い斬り」が使えるようになったと喜んでいた。
リリスは頑張り屋さんだから、僕も素直におめでとうと言えた。
≫
そんな平凡な日常を送っていたある日、僕とアキは山へ山菜を採りに行くお使いを頼まれた。
天候は晴天。
順調にいけば夕方には帰ってこられるコースだ。
山はいつも通っているから道に迷うこともない
そのはずだった。
途中川辺で遊びながら山頂を目指して歩みを進めていった。
いつの間にか空は少し雲に覆われ始めていた。
鳥が低く飛んでいる。
もしかしたら雨が降るかもしれない。
「アキ、遊んでないで先を急ごう。雨になったら面倒だよ」
僕たちは先を急いだ。そして山頂に到着した。
手早く山菜を集めて帰路につこうとしたとき、雲が動いた。
…いや、これは影だ。
とてつもなく大きい。
ふと空を見上げる。
巨体が浮かんでいる。雨とともに巨体は地面に着地した。
「兄貴!あれは何...?」
「あれは...ドラゴンだ!」
巨躯に両翼を宿し、頭部には荷馬車ほどありそうな角。
口からは不揃いな牙が見え隠れしている。
ドラゴンなんて伝説だ。
おとぎ話の中の話だろう?
じゃあ目の前にいるこいつは何だ?
目まぐるしく回る思考とは正反対に身体から力が抜けていく。
生存本能が警鐘を鳴らすが足が震えて動けない。
「ドラゴンブレスがくる!」




