前世がない!①
‘‘巨竜‘‘
まがまがしい金色の瞳、赤褐色の肌に鋭利な爪。
その巨体から生み出される影が絶望の大きさを物語る。
こんな場所で遭遇するはずもない魔物。
僕とアキは立ち尽くしている。
その姿から視線を外せない。
ドラゴンの出現なんておとぎ話で聞いたくらいありえないこと。
それが気だるげに口を開けた。
口腔から熱気が押し寄せてくる。
「ドラゴンブレスがくる....!」
≫
――この世界はグラントピア。
その住人は全て、前世を経験している。
異世界転生と呼ばれるものだ。
この世界の人々は前世の記憶とスキルを受け継いでいる。
人によりその過多や発現の時期は異なれど、最初からいわば何かしらの能力を有して生まれるのである。
僕はキョウ。
ラピッド領の領主の息子。
黒髪黒眼のどこにでもいる平凡な15歳。
ラピッド領は首都から遠く離れた穏やかな地だ。
周りを緑に囲まれ、穀物の栽培を主とし300人程度が暮らす温和な地域。
出没する魔物のレベルも低く、村の自警団で対処できるものがほとんどだ。
村を出ると山脈地帯が続く。
そこは魔竜山脈と呼ばれ、古のドラゴンの住処であったという伝承がある。
いまやドラゴンは数百年も存在を確認されていない。
おかげで山の恵みも安全に得ることができる。
≫
「おはよう、キョウ。寝癖が付いているぞ」
父さんが僕の頭をくしゃくしゃしながら言う。
僕の父親はルカ=ラピッド。
前世では冒険者をし、両手剣を抱えてモンスター相手に日々挌闘していたらしい。
現世では継承した剣術スキルを用いて騎士団長として魔族との戦争で武勲を上げ、ラピッド領の領主となっている。
「貴方、キョウはもう15歳なんだから、髪の毛の手入れくらい自分でできますよ」
母さんがフライパンを振っている。
母親はシリ=ラピッド。
前世は教会のシスターであり、信仰を守るとともにヒーラーとして傷ついた人々を癒していた。
現世ではヒーラーとして冒険者をした後に父と出会い、今は家を守っている。
たまに傷ついた人が訪れた際には回復をしている。
朝ごはんを食べ終わり身支度をしているとアキが話しかけてきた。
「兄貴、今日は山でウサギを狩って焼いて食おうぜ」
「いいよ。どうせならリリスも誘って3人で行こう。
リリスがいれば強めの魔物が出ても安心だし」
弟のアキ。
父さんに似た茶髪を短めにカットした髪型。
赤い瞳で同年代に比べて少し低めの身長。
僕と2歳差の13歳でやんちゃな性格。
雨の日も雪の日も関係なく野山を走り回る健康優良児だ。
僕はどちらかというとインドア派なのだが、よくアキに付き合わされている。
山に入れば野草を採り、川では釣りをし、時には畑から果物をこっそり盗んで食べたりもした。
いたって普通の暮らしだ。
領内を歩いてリリスの家を目指す。
「リリス、今日は山でウサギ狩りをするんだけど付いてくる?」
「いいわね!途中でモンスターでも出てくれないかしら。
最近父様から新しい技を習ったの。できれば実戦で試したいわ」
「リリスはいつも血気盛んだね...。
僕は何事もなく山から降りて来られたらそれでいいんだけど」
リリスは僕らの幼馴染だ。
彼女は僕と同じ15歳。
長い金髪を無造作に後ろに結っている。
悔しいことに僕より身長が高い。
リリスの父はこの領地の自警団の団長だ。
リリスは幼いころから父の手ほどきで剣術の稽古をしている。
僕も稽古に付き合わされることがある。
木剣を振り回す僕に対して、リリスはしっかりとした剣筋で打ち返してくる。
稽古が終わるころにはいつも僕はボロボロになっている。
「兄貴はいっつも慎重だよな。
そんなんじゃこの先領主様としてラピッドを守り切れないかもしれないぜ?」
「余計なお世話だ。僕はただみんなが平穏な日々が送れればそれでいい」
「二人とも口げんかしてないで早く魔竜山脈に行こ!
一番早く山頂にたどり着いた人が優勝ね!」
リリスが軽快に走り出す。
僕ら二人はその後を追った。
≫
道中ではモンスターに遭遇することはなかった。
運よく3匹のウサギを仕留め、調理するのにちょうどよい場所を捜し歩いていた。
川沿いの道を歩く。
ふとアキが足を止め、視線を上に向ける。
つられて僕も視線を上げる。
一輪の花が崖の中腹に咲いている。
「きれいな花だな。採って母さんへのおみやげにしよう」
アキは崖を登り始めた。
「おい、無理はするなよ!」
「大丈夫だって兄貴。いちいち心配性だな」
するすると崖を登っていく。
あっという間に中腹に到着し花に手を伸ばす。
その時、足場にしていた岩が崩れた。
アキが空中に放り出される。
「アキ!」
このままでは地面に落ちてしまう。
突風。
岩場に落ちるかと思われたアキは川に落ちた。
一息置いた後にアキが水面から顔を出しこちらに笑顔を向けてきた。
「だから危ないって言ったのに!無事だからよかったけど。まったくアキは」
❝…危なかったね…❞
どこからともなく声がした、気がした。
周囲を見回す。
リリスの声ではない。
ただの気のせいか。
それから川べりでウサギを食べ、夕方には家に帰り着いた。
≫
夕食時。
「明日は兄貴の魂卸の日だな。
兄貴の前世はどんな人だったのかね」
「父さんの息子なら剣士に近い職業だとうれしいものだ」
「親の願望を前世に押し付けるものではありませんよ、貴方」
魔道コンロに火をつけながら母さんが言う。
僕は明日、魂卸の儀を受ける。
――この世界では15歳になると鑑定の儀「魂卸」が行われる。
それまでは前世のことに触れてはいけない。
早すぎる前世の継承は、精神に重大な負荷を与えるためだ。
前世から継承されるスキルは主に3つに大別される。
『特技』、『魔法』、『魔道具生成』だ。
それぞれの世界で培ったスキルや知識が経験によって解放されていく。
スキルを行使するためにはスキルポイントが必要となる。
また、人々は現世の記憶、そして前世の記憶を体内に有している。
前世のすべてを記憶しているわけではない。
個々人の資質や環境によるが、稀に前世を夢に見る者から
前世の己が最後を思い出す者まで様々だ。
前世と同じような環境、体験によって記憶が想起されることが確認されている。
しかし、前世が現世を縛るわけではない。
軍勢を率いて国を統治していた者が現世では田畑を耕す。
その日の飯にも困っていた者が現世では酒池肉林を謳歌する。
生まれ、そして育まれた環境が人生を左右することはグラントピアとて変わりはない。
――前世という可能性を現世に与えると同時に神々は試練も与えた。
精神汚染だ。
人々はスキルポイントを有し、これを行使することでスキルが発現する。
消費されたスキルポイントは休眠で自然と回復し、またスキルを使えるようになる。
だが、頻繁なもしくは無理をした状態での極大なスキルの行使は精神を蝕んでいく。
軽傷であれば悪夢を見るような感覚で済むが、重篤になると現在の自分と前世の自分の境界が曖昧になっていく。
一人の体に二つの記憶。些細な違和感から大きな食い違い。
前世の記憶を有する者がいるとて、それが現世の記憶と混濁してしまえば精神が保たれない。
スキルポイントのマイナス状態はじわじわと記憶が精神を侵食していく。
これを繰り返すとひどいものは完全に自我を失い廃人と化す。
それがこの世界の摂理だ。
儀式では自分の前世を垣間見ることができ、その際にスキルを取得できるものもいる。
家系によって同系統の前世になることもよくある話だ。
だが、中には勇者や大英傑、賢者の生まれ変わりが見出されることもある。
皆にとって人生を左右されうる大事な日なのだ。
≫
「僕は学者さんの生まれ変わりがいいかな。魔道具を作るのが夢なんだ」
アキに連れまわされて野原を駆け回ってはいるが、本来は読書をして魔道具の仕組みを学ぶのが好きなのだ。
もちろんアキと過ごす時間も嫌ではない。
僕の前世は一体何をしていた人なんだろう?
考えただけでわくわくする。
いつもより寝付くまでに時間がかかった。
――翌日。
教会に司祭が来て魂卸の儀式が行われる日だ。
「魂卸の儀式、楽しみだね!」
「リリスこそどんな前世なんだろうね?
花が好きだからお花屋さんとか?」
「わたしは剣士系の前世がいいかなー。
お父さんのお手伝いができるし」
リリスの父はこの領地の自警団の団長だ。
彼女の夢は父とともに領民を守ることだ。
「どんな前世でも僕は人のためになることがしたいな。
できたら魔道具を扱える前世だとうれしいけど」
「キョウは魔道具好きだもんね。
剣の腕はからっきしだけど、本の内容はすぐ覚えちゃうし」
そんな会話をかわしながら教会へと向かう。
≫
教会には15歳になった子供たちとその家族が集まっていた。
今年は10名程度のようだ。
「それでは魂卸の儀を執り行う。
儀式を終えたものはステータスパネルを呼び出すことができる。
前世の記憶およびスキルを確認できるものだ。
また、自身および他人を含めてスキルポイントも確認できるようになる。
皆重々承知していると思うが、スキルはとても役に立つ。
しかしスキルポイントを多量に消費すると精神汚染を引き起こす。
このことを肝に銘ずることだ。
では呼ばれたものはこの水晶の前へ...さぁ、リハルトよ」
「はい!」
司祭に呼ばれたリハルトは緊張した面持ちで水晶の前へと進む。
「あまたの世界を創造し神々よ、このものの歩みし記録をたどり、今一度顕現させたまえ」
水晶が輝きだす。そして実って首を垂れる植物とともに農具が映し出された。
同時にリハルトが頭を抱える。
「思い出した!オレ、前世では麦を育てていたんだ」
「リハルトの前世は農民のようだな。
特にスキルは発現していないが、これから農業を行ううちに使えるようになるだろう。
次のもの―」
順番に子供たちが呼ばれていく。
教師、魔法使い、鍛冶師...。
それぞれの前世が思い出される。
魔法使いの子はスキルも思い出したようで、手のひらに小さな火球を作り出している。
「リリスよ、水晶の前へ」
次はリリスの番だ。
幼馴染の前世、当然興味がある。
できれば望み通りの剣術系だとよいのだが。
リリスが水晶の前に立つ。
輝く水晶の中で抜き身の剣が姿を現した。
銀と黒の刃で構成された刀だ。
「わたし、サムライっていう職業だった。
剣を操って人を守って生きていた気がする」
「よかったな、リリス!オレと同じ剣術スキルの持ち主じゃないか!」
リリスの父が喜んで娘を抱き上げる。
周囲から注目されてリリスは少し恥ずかしそうにしている。
リリスが望んだ前世でよかった。
父と同じ剣術使いとしてこれから領地の守りをしていけるだろう。
それぞれの前世がわかり、最後に僕が残った。
…緊張する。
前世が英雄だったら?それとも悪人だったら?
額を汗が伝う。
それでも前世は必ずある。
それを現世でいかすことが僕の人生につながるんだ。
僕は水晶の前に立った。
「あまたの世界を創造し神々よ、このものの歩みし記録をたどり、今一度顕現させたまえ」
水晶が輝き始める...はずだった。
反応がない。
それどころか水晶が濁っているように見える。
「これは...。こんなことは聞いたことがない!」
司祭がうろたえる。
水晶が映し出しているのは黒。闇。何もない。
「たとえ悪人であろうと前世は存在する。
前世が存在しない人間はこの世界にはおらんのだ。
しかし...。
キョウよ、お主に前世は...ない」
前世がない...
僕はどこからこの世界へ?
なんで、どうして?
頭が真っ白になる。
視界が揺れる。
地面が近づいてくる。
ご覧いただきありがとうございます。
2026年9月開始の人生初作品です。
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