アニト編8 精神汚染
31階の氷河を抜け、僕らは35階にいる。
ここは草原が主で開けていて、ジープの走り心地は最高だ。
「やっぱり車はいいわね。
窓から景色を見ながらぼけっとできるのは、素晴らしいわ」
リリスが窓から顔を出しながら言う。
「今日の夕飯は、魚料理にしましょうか。
せっかくの新鮮な魚なので、私が腕を振るいますよ」
キキラのごはんはおいしい。
さすが、旅慣れてるだけある。
「わしはそろそろ肉が食べたいんじゃが」
「ラーナはまだまだ小さいんだから、好き嫌いしないでたくさん食べるの!」
珍しく、リリスがラーナをたしなめている。
≫
しばらく走ると、前方に見慣れない風景が現れた。
遠くで巨大な竜巻が、草原の土煙を巻き上げている
「あれは......魔法によるものじゃな。
どこぞのパーティーが戦闘しているのかもしれん」
「あれだけの魔法が使えるなら大丈夫そうだけど、一応見に行ってみようか」
ダンジョンの中の出来事は自己責任だ。
でも、僕の中で胸騒ぎがする。
ジープをそちらに向けて加速する。
≫
魔法使いは焦っていた。
ハインドウルフの集団に囲まれている。
先ほどまで奮戦していた夫の剣士は、重傷を負い生死の境を漂っている。
早く回復せねば。
「スキル・エアバリア!」
夫の周りに空気のバリアが形成される。
これでひとまずは安心だろう。
残りのスキルポイントは一桁を切っている。
だが、押し切られてはバリアが破られる。
無理を覚悟して魔物を討伐するしかない。
「スキル・ストーンアロー!」
≫
30分ほどして、僕らは竜巻のあった地点にたどり着いた。
奮戦する女性の魔法使いと、倒れている男性の剣士。
周りを取り囲む無数のハインドウルフ。
状況を瞬時に理解する。
「みんな、行くよ!」
動きの素早いハインドウルフに対して、僕はアサルトライフルでけん制し、
その隙に接近して心臓を的確に貫いていく。
リリスは円陣斬で数匹を一気に薙ぎ払う。
キキラは剣士の治療にあたっている。
「このままでは命にかかわります。
私はヒールに徹するので、敵はみなさんにお任せします」
ハインドウルフの間合いを把握した僕は、
頬に切り傷を作りながら、紙一重で攻撃をかわし致命傷を与えていく。
リリスは空中歩行で群れの後方に回り込んだ。
挟みうちだ。
ラーナが魔法を放つ。
「スキル・氷結」
足場を氷にされ動きが鈍くなった残りを、確実に削っていく。
僕らはハインドウルフを殲滅した。
≫
魔法使いはふらふらとはしているが、立っている。
「大丈夫ですか?間に合ってよかったです」
返事がない。
戦いでよほど疲れたのだろうか。
そこでキキラのヒールが終わり、剣士が目を覚ました。
「ここは...そうか、ハインドウルフにやられちまったんだな。
回復してくれてありがとう」
剣士は礼を言うと、足早に魔法使いにかけよっていく。
「ドロシー、無事か?けがはないか?」
男の問いかけに返事はない。
女性の目はうつろで、ぶつぶつ何か言っている。
「ほら、ママですよ......早くミルクをあげましょうね。
貴方、襟が曲がってますわよ。
今日は侯爵家にご挨拶に行くのでしょう?
粗相のないようにしっかりね......」
話が通じてない。
「ドロシー、どうしたんだ!オレはここにいるぞ」
ドロシーの目には生気が宿っておらず、濁っている。
――精神汚染
頭によぎる。
夫を守りながら、最後まで戦い抜いたのだろう。
スキルポイントを確認すると、大幅にマイナスになっている。
「そんな......せっかく生き残れたのに......」
夫は崩れ落ちる。
見ていられない。
「キョウ、あの女の人助けられないかな?
キョウが私にしてくれたみたいに、あの緑の光で」
事情を知らないラーナに説明する。
「ほほう、枯渇したスキルポイントを回復したと。
なるほどのう......坊主、試してみる価値はありそうじゃよ」
≫
僕は目を閉じて集中する。
体内の力の奔流を、右手に集めるよう意識する。
右手が光りだした。
僕は手を女性の肩に置いた。
これで回復するはずだ。
》
3分。5分。10分。
女性が回復する様子は一向にない。
そのうち、緑色の光は消えてしまった。
「助けられなくてごめんなさい」
男性のことを思うと顔を上げられない。
「......彼女は妊娠しているんだ。
安定期のうちに稼いで、少しでも子供のためにお金を貯めたいとダンジョンに挑んだ。
これが最後の挑戦だったんだ......」
男性が悲痛な想いで語る。
「それが精神汚染だなんて。
彼女は重傷のオレを救うために、大技を連発してたんだ。
そのせいでスキルポイントが枯渇して...」
男性は泣きじゃくっている。
「オレがあそこで、一撃をもらわなければ......彼女を救えたのに......」
嗚咽を上げる。
見ていられない。
≫
僕らは2人を30階の転移陣まで運び、そこで別れた。
「命を救ってくれたこと、決して忘れない。
彼女のことは......。
いや、生きていてくれただけでも感謝しないとな......」
言葉とは裏腹に、悲痛な決意が見られる。
二人は転移陣でダンジョンを後にした。
僕の緑色の光。
以前、スキルポイントがマイナスになり、恐慌状態であったリリスを救った力。
単純に手をかざせば発動するわけではないようだ。
自分の中の得体のしれない何かに恐怖する。
僕らは30階で休息してからダンジョン攻略を再開することにした。




