ハランド編9 前世に囚われし者
リリスの新しいスキル・剣舞はとても強力だ。
一振りで二撃を与える。
大抵の敵は同時に防げず切り刻まれる。
リリスは確実に強くなっている。
僕もおいていかれないようにしないと。
――次はいよいよ50階。
このダンジョンの最下層だ。
ここをクリアしたら宝箱が手に入る。
思わずワクワクする。
扉を開ける。
≫
人型の魔物だ。
だが手が4本あり、それぞれに剣を持っている。
複数の手から繰り出される剣劇の手数は恐ろしいものだろう。
僕らは覚悟する。
こちらは3人。
うまく捌いていけば問題ないはずだ。
「みんな、いくよ!」
いつも通りリリスが一番手をとる。
紅桜を上段から振り下ろす。
上の両手でガードした後、下の両手でリリスの腹を狙ってくる。
たまらずリリスは距離を取る。
「手が4本なんて...。厄介だわ。面倒くさいやつ!」
「リリス、深追いはだめだ。ここは連携して奴の手を塞ごう」
僕とキキラも参戦し手を封じる。
間隙を縫って銃を3度放つ。
肩に命中し、左の上腕がだらりと垂れ下がる。
これで1本は封じた。
お返しに僕は切傷を負う。
「スキル・ヒール」
僕の傷が回復していく。
キキラは離れた場所にいる。
ヒールは直接触れないと発動しないはずだ。
一旦キキラの場所まで下がる。
「今のヒールは?」
「エリアヒール、とでも呼びましょうか。この槍の効果です。
魔法の効果範囲を20mほど拡張できるのです。
ですが、私からあまり離れ過ぎないようにお願いします」
槍に効果があると言っていたのはこれか。
とても役立つ。
通りでスミス工房で新調しなかったわけだ。
再びリリスと魔物の剣劇に交じる。
3本になったとはいえ、相変わらず激しい。
早めにもう一本落としたい。
僕は機会を持った。
ここだ。
「パリィ!」
盾で剣を弾く。
もう1本もらった、と思った。
途端、関節が外れたように魔物の手が伸び、剣が僕の腹をえぐる。
カウンターを見舞ったはずだった。
まさか手が伸びてくるだなんて。
「キョウ!スキル・刺突!」
すかさずリリスがスキルで強制的に僕と敵に距離を作る。
キキラが駆け寄ってくる。
流血がひどい。
「ヒール!ヒール!ヒール!」
キキラは唱え続ける。
傷が癒えていく。
≫
しばらくした後、僕の傷は致命傷から回復した。
傷跡は疼き、まだ多少の動きづらさはあるものの、もう戦闘に復帰できる。
リリスは防戦一方だ。腕1本は封じたとはいえ、残りは3本。
1本の刀では抑えきれない。
リリスは妖刀を抜き、二刀流で応戦する。
スキルポイントの枯渇が心配だ。
早く加勢にいかないと。
「キキラ、僕はもう大丈夫。リリスの援護にいこう」
だが彼女はそれを強引に制し、ヒールを唱え続ける。
詠唱は止まらない。
「ヒール!ヒール...」
目の焦点が合っていない。
「お願い、治って!またあの笑顔を見せて。
配給品のチョコレートを一緒に食べようよ...」
意識が混濁しているようだ。
ヒールを唱えるごとにスキルポイントが減り、マイナスが近づく。
それでもキキラは唱えることをやめない。
「ヒール!ヒール!ヒール!ヒール…」
このままではキキラが精神汚染されてしまう。
「ごめん、キキラ」
僕は首に手刀を落とし、キキラを気絶させた。
》
リリスは焦っていた。
あと1手が届かない。
2本の剣で攻撃しても防がれ、3本目が降ってくる。
キョウはまだ倒れている。
突破口を開きたい。
「スキル・剣舞!」
2閃が同時に魔物に飛ぶ。
守りに腕を2本使わせた。
その隙を見逃さない。
「スキル・居合い斬り!」
腕はかわされたが胴体に大きな傷をつけられた。
これで動きが鈍くなるはず。
「リリス!」
キョウが走ってくる。
後ろを見るとキキラが倒れている。
「キキラはどうしたの?」
「気絶しているだけ。詳しい説明は後。まずはコイツを倒そう」
そこからは早かった。
伸縮する腕の範囲を把握したキョウが守りを務め、的確にパリィしていく。
それに合わせて刀を振るう。
あっという間に2本の腕を切り落とし、最後の1撃を放つ。
「スキル・剣舞」
魔物は3つに斬り裂かれた。
》
キキラは目を覚ました。
不安そうな顔をしている2人が見える。
気絶する前のことを思い出す。
「大変ご迷惑をおかけしました...魔物はどうなりましたか?」
「私が三枚おろしにしてやったわ」
「よかった...」
キキラの顔は蒼白になっている。
水筒を渡し休息を勧める。
「私、お二人に秘密にしていたことがあります。
もうすでにご覧になったと思いますが、暴走してしまうのです...」
鳴りやまないヒールの声。
恐慌状態に陥ったようだった。
「私の前世。
火薬の臭いと爆発、それが全てでした。
その中で彼だけが救いだった。
私が密かに想い続けていた人」
キキラが声を絞り出すように語り続ける。
「彼は私を爆発からかばって死にました。私のヒールは届かなかった。
彼の身体が冷たくなっていく感覚は、いまでも鮮明に手のひらに残っています...」
僕とリリスは言葉を失い、ただ聴くことしかできない。
「私は魂卸の儀によって前世の記憶を全て思い出しています。
楽しかったこと、うれしかったこと。
それでも彼の最後がどうしても忘れられないのです」
キキラの瞳から涙があふれ出た。
嗚咽まじりに泣き続ける。
≫
キキラがようやく落ち着きを取り戻した。
「大変ご迷惑をおかけいたしました。謝罪いたします。
こんなヒーラーを抱えていては、いつかお2人に取り返しのつかない過ちを犯してしまうかもしれません。
...私をパーティーから外してください」
キキラが覚悟を決めた顔で言う。
きっと何度も遭遇した状況なのだろう。
「そんなことないわ。
キキラはもうわたしたちの仲間。
パーティーから外すなんてことは絶対しない」
リリスが力強く言う。
「わたしたちが傷つかなければいい。ただそれだけの話。
そうでしょ、キョウ」
「そうだね。
僕たちはもう仲間だ。
キキラ、君の抱えている苦難を僕たちにも背負わせてほしい」
キキラの瞳から再び涙が流れ出す。
「よいのですか?私はこのパーティーにいて」
僕たちは力強くうなずく。
この二人に巡り合うことができてよかった。
無意識に祈りの姿勢をとり、キキラは泣き続けた。




