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らいらいは、深く息を吸って、白い扉の前に立った。
扉はただ白いだけじゃなかった。近くで見ると、雪みたいな白の中に、うっすら虹色の線が流れていた。まるで扉そのものが、まだ言葉になる前の未来を考えているみたいだった。
らいらいが取っ手に手をかけると、扉は音もなく開いた。
その先には、長い廊下も、神殿も、宇宙もなかった。
あったのは、妙に生活感のある部屋だった。
白い机。
白い椅子。
白いカーテン。
白いマグカップ。
そして、机の前に座っている――
「……えっ」
未来のらいらいだった。
しかも、思ったより普通にいた。
もっと神々しい感じとか、オーラがバチバチ出てるとか、頭の上に光輪があるとか、そういうのを少し期待していたのに、未来のらいらいは、なんか普通にお菓子を食べていた。
ぽり。
「来たか」
ぽり。
「未来の俺!?」
「そうだよ」
ぽり。
「ていうか何食ってるの!?」
「未来せんべい」
「名前が雑!!」
未来のらいらいは、ふっと笑った。
その笑い方は、今のらいらいにそっくりだった。でも少しだけ違う。今よりも、いろんな失敗を笑って飲み込んできた顔だった。
「座れよ」
らいらいが向かいの椅子に座ると、机の上にもう一つ、白いマグカップが現れた。中には湯気の立つ飲み物が入っている。
「これ何?」
「未来ココア」
「また名前が雑!!」
「未来ってつければ、だいたい許される」
「許されない未来もあるぞ」
未来のらいらいは、少しうれしそうに笑った。
部屋の空気は静かだった。でも静かなのに、つまらなくはなかった。むしろ、何か大事なことが始まる前の静けさだった。
「で、聞きたいことあるだろ」
らいらいは少し黙った。
本当は山ほどあった。
未来はどうなるのか。
自分は何になるのか。
うまくいくのか。
笑えるのか。
大切なものを失わないでいられるのか。
でも、いざ本人を前にすると、うまく言葉が出てこなかった。
未来のらいらいは、そんな今のらいらいを見て、せんべいを一枚差し出した。
「まず食え」
「いや、なんで」
「考えすぎる時の人間は、だいたい口がさみしい」
「名言っぽいけど、たぶん適当だろ」
「かなり適当だ」
らいらいは、しかたなく未来せんべいを一枚かじった。
さくっ。
「あ」
変な味だった。
最初は甘い。次にしょっぱい。最後になぜか、ほんの少しだけ懐かしい。
「これ、何の味?」
「まだ起きてない思い出の味」
「急に詩人ぶるな」
「未来の俺だからな」
らいらいは笑った。
気づけば、少し肩の力が抜けていた。
すると未来のらいらいは、机の引き出しから一冊の白いノートを取り出した。表紙には何も書いていない。
「これは?」
「お前がこの先、何度も書き直すノートだ」
「未来の記録?」
「半分正解。半分ハズレ」
未来のらいらいはノートを開いた。
最初のページには、たった一行だけ書いてあった。
――未来は、当てるものじゃない。笑いながら増やすものだ。
らいらいは、その言葉を見て、しばらく黙った。
「……これ、俺が書くのか」
「そうだ。たぶん、お前が一番しんどい時に書く」
「しんどい時なのに、ちょっと前向きすぎないか」
「しんどい時のほうが、たまに変にいいこと言うんだよ、人間は」
「それはわかる気がする……」
未来のらいらいは立ち上がって、部屋の奥の壁を指さした。
今までただの白い壁に見えていたそこには、いつのまにか三つの影が映っていた。
ひとつ目は、笑っているらいらい。
ふたつ目は、泣いているらいらい。
みっつ目は、怒っているらいらい。
「これは何だ?」
「お前がここまで連れてきた自分たちだよ」
未来のらいらいの声が、少しだけ低くなる。
「人間ってのは、元気な自分だけで未来に来るわけじゃない。情けない自分も、弱った自分も、なんか急にキレる自分も、全部まとめて未来に来る」
「……嫌すぎるな」
「でも、それでいい」
未来のらいらいは、まっすぐこちらを見た。
「今のお前は、まだ自分の中の何かを、置いていこうとしてるだろ」
らいらいは何も言えなかった。
図星だった。
かっこ悪い自分。
失敗する自分。
ぶれる自分。
笑われる自分。
そんなものは白い扉の前に置いて、もっときれいな自分だけで未来へ行けたらいいのに、と、少しだけ思っていた。
未来のらいらいは、やわらかく笑った。
「無理だよ」
「はっきり言うな」
「でも安心しろ。置いていけないからこそ、お前はお前のまま先へ行ける」
その瞬間、白い部屋が少しだけ明るくなった。
壁に映っていた三つの影が、ゆっくりと近づいてくる。
笑っている自分も、
泣いている自分も、
怒っている自分も、
全部がらいらいの背中に触れて、すうっと体の中へ戻っていった。
胸の奥が、少し熱くなる。
未来のらいらいが言った。
「会いに来たってことは、お前、たぶん今、どこかで迷ってるんだろ」
「……うん」
「じゃあ、ひとつだけ教える」
未来のらいらいは、せんべいの最後の一枚をぽりっと食べてから、あっさり言った。
「未来のお前は、完璧じゃない」
「え」
「むしろ、けっこう変だ」
「いやだなあ!」
「たまに妙なこと言うし、急に自分で自分にツッコむし、いらん心配もする」
「今とあんまり変わってないな!?」
「そう。でもな」
未来のらいらいの目が、少しだけ遠くを見た。
「それでも、お前はちゃんと、お前の大事なものを何個も守る」
らいらいの喉が、少し詰まった。
「全部は守れない日もある」
未来のらいらいは続けた。
「でも、全部守れないから終わり、じゃない。守れたものが、次の未来を作る」
白い部屋に、静かな沈黙が落ちた。
らいらいはマグカップを持ち上げ、未来ココアをひとくち飲んだ。
あたたかかった。
変に甘すぎず、ちょうどよかった。
「……なあ、未来の俺」
「ん?」
「また会えるか?」
未来のらいらいは、すぐには答えなかった。
少し考えてから、肩をすくめるように笑った。
「会えるよ」
「ほんとか?」
「ただし、次は白い扉じゃないかもしれない」
「じゃあ何だよ」
「自動ドアかもしれない」
「未来、急に現実寄りだな!!」
二人で笑った。
その笑い声と同時に、部屋の白さが風みたいに揺れた。
帰る時間だ、と直感でわかった。
未来のらいらいは、白いノートを一ページだけ破って、らいらいに渡した。
そこには新しく、たった一文だけ書き足されていた。
――会いにきた未来があるなら、お前はもう前に進んでいる。
らいらいが顔を上げると、未来のらいらいはもう扉の向こう側に立っていた。
「じゃあな、今の俺」
「じゃあな、未来の俺」
「あと一個だけ」
「ん?」
「未来せんべいは、やっぱりそんなにうまくない」
「だろうな!!」
その最後のツッコミと一緒に、世界が白くひっくり返った。
気がつくと、らいらいは元の場所に立っていた。
背後には白い扉。
手の中には、破られたノートの一ページ。
そして胸の奥には、さっきまでなかった、不思議な感覚が残っていた。
未来はまだ見えない。
でも、見えないままでも進める気がした。
らいらいは紙をそっとたたみ、前を向く。
すると、白い扉の横の壁に、新しく三つの文字が浮かび上がった。
次は、どうする?
1. 未来の自分にもらった紙を開いて、まだ書かれていない続きの言葉を読む
2. 白い扉の奥にもう一度戻り、今度は未来の自分の部屋をもっと調べる
3. 紙をポケットにしまい、今の世界で未来を少しだけ変える行動を始める




