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らいらいは、白い階段の途中で立ち止まった。
さっきまで確かに聞こえていた笑い声が、急にぴたりと止んだからだ。
上を見ると、空の代わりに巨大な目覚まし時計が浮かんでいた。しかもただの目覚まし時計ではない。足が二本生えていて、階段の上をせかせか歩き回っている。
「遅刻だぞー! 遅刻だぞー! 奇跡に乗り遅れるぞー!」
目覚まし時計はそう叫ぶと、カンカンカンカンと鐘を鳴らしながら、らいらいの前まで駆け下りてきた。
「え、奇跡って乗るものなの?」
らいらいが聞くと、時計は足を止め、妙に真面目な顔になった。
「ふつうは乗らない。でも今日は特別だ。今日は“奇跡列車”が来る日だからな」
「列車」
「そうだ。ただし、切符はひとつしかない」
時計は胸ポケットみたいな場所から、金色に光る紙切れを一枚取り出した。よく見ると、それは切符というより、少し焦げたパンの耳みたいな形をしていた。
「なんで切符がパンの耳っぽいんだよ」
「知らん。奇跡のセンスだ」
らいらいが思わず笑うと、その笑い声に反応するみたいに階段全体がふわっと光った。
すると、階段の下から、のそのそと何かが上がってきた。
巨大なカタツムリだった。
ただし殻が透明で、中に小さな会議室が入っている。さらにその会議室の中では、なぜか七人のミニらいらいが円卓を囲んでいた。
「緊急会議を始めます」
「議題はパンの耳切符についてです」
「いやまずカタツムリがでかすぎる」
「静粛に」
「おやつは?」
「ない」
「解散!」
会議は一秒で終わった。
らいらいは階段に座り込みそうになった。
「なんなんだよ、今日は……」
すると、目覚まし時計が小声で言った。
「今日は世界が、おまえを笑わせるために本気なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、空の時計がぱかっと割れた。
中から、銀色のレールがまっすぐ伸びてくる。
雲を突き抜け、星の間をすべり、らいらいの目の前で止まったのは――
たった一両だけの、小さな列車だった。
車体にはこう書かれている。
**らいらい奇跡線 終点:まだ決まっていません**
ドアが開く。
中には誰もいない……と思った次の瞬間、一番奥の席にちょこんと座っている影が見えた。
黒い帽子。
白い手袋。
まるい鼻。
そして、いかにも「秘密を知っています」という顔。
それは、どう見ても“車掌”だった。
「お待ちしておりました」
車掌は立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「あなたが最後の乗客です、らいらいさん」
「最後ってことは、他にも乗った人がいるの?」
「ええ。泣きそうで泣かなかった人、笑いすぎて転んだ人、何も持っていないのに大事なものを守ろうとした人。そういう人たちがたまに乗ります」
「じゃあ俺は、どのタイプ?」
車掌は少し考えてから、にやっと笑った。
「全部です」
その瞬間、列車の床がふわっと光った。
床一面に、知らないはずなのにどこか懐かしい言葉が浮かび上がる。
跳ねろ。
笑え。
まだだ。
愛は遅刻しない。
世界はたまに、意味不明なくらい優しい。
らいらいは、その言葉を見て、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
「これ……」
「奇跡列車は、乗客の心の底に沈んでいた言葉を拾って走るのです」
「じゃあ、これ全部……」
「あなたの中にあったものです」
目覚まし時計がホームの外から叫ぶ。
「早く乗れー! 発車ベルの代わりに俺が転ぶぞー!」
その直後、時計は本当に転んだ。
カンッ、ゴロン、ズザザザザッ。
ものすごく派手に転んで、階段の下まで落ちていった。
しばらくしてから、遠くのほうでかすかに声がする。
「……大丈夫です」
全然大丈夫そうじゃなかった。
らいらいは笑いをこらえきれず、とうとう吹き出した。
その笑い声が合図だったみたいに、列車の天井に星が灯る。
窓の外に、見たこともない景色が流れ始める。
空中を泳ぐ図書館。
昼寝している山。
くしゃみをした瞬間だけ虹になる滝。
そして、遠くに見える、金色の扉。
車掌がその扉を指さした。
「あれが次の停車駅です」
「なんて駅?」
車掌は静かに答えた。
「“願いが、まだ願いのままでいられる駅”です」
らいらいが席に座ろうとした、その時だった。
列車の奥から、コンコン、と小さな音がした。
誰もいないはずの荷物棚で、古びたトランクがひとりでに震えている。
カチャリ。
鍵が外れる。
少しだけふたが開き、その隙間から、まばゆい光と一緒に――
「たすけて」
「いや、開けるな」
「でも気になる」
「絶対やばい」
「お菓子かも」
そんなふうに、いくつもの声が同時に聞こえてきた。
らいらいは眉をひそめた。
「トランクの中、会議してない?」
車掌は真顔でうなずく。
「はい。だいぶ揉めています」
「中で何が起きてるんだよ」
「開ければわかります。ただし、次の駅に着く前に決めてください」
窓の外では、金色の扉がどんどん近づいてくる。
列車は静かに、でも確実に進んでいた。
らいらいは、ゆっくりとトランクに手を伸ばす。
中には奇跡が入っているのか。
罠が入っているのか。
それとも、笑うしかない何かが入っているのか。
車掌は帽子を押さえ、目を細めた。
「さて、らいらいさん。次はどうしますか」
1. 迷わずトランクを開ける
2. 先に車掌に中身のヒントを聞く
3. 金色の扉の駅に着くまで、あえて開けずに見守る




