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らいらいは、光る階段を三段飛ばしで駆け下りた。
さっきまで静かだった「ねむけの回廊」は、なぜか急にざわついている。
壁にかかっていた絵たちが、みんな同じ方向を見ていたのだ。
しかもその全員が、ものすごく気まずそうな顔をしている。
「……なんだ?」
らいらいが絵の視線の先を見ると、廊下のど真ん中に、ぽつんと一台の自動販売機が立っていた。
ただし普通ではない。
真っ黒なボディに、金色の文字でこう書かれている。
**なんでも出るけど、だいたい余計なものも出る自販機**
「嫌な予感しかしないな」
すると、自販機のスピーカーが急に喋った。
「いらっしゃいませ、らいらいさま。あなたは前回の選択により、正式に“ちょっと面倒な奇跡”の利用資格を得ました」
「そんな資格いらん」
「本日のおすすめは、勇気のソーダ、秘密のコロッケ、そして伝説の会議用おしぼりです」
「最後だけ妙に地味だな」
そのとき、廊下の奥から、ばたばたと足音が響いた。
振り向くと、丸メガネをかけた小さな三人組が走ってくる。
全員スーツ姿で、全員やたら息が切れている。
胸元の名札にはこうあった。
**緊急会議課**
先頭の一人が叫ぶ。
「大変です、らいらいさま! 三階の“笑いの間”で、笑いが止まりました!」
「それは大変だな」
「いつもなら、入っただけで誰かが変なくしゃみをするのですが、今日は誰も何も起きません!」
「平和じゃないか?」
「平和すぎてまずいのです! この城は少し変であることで均衡を保っているのです!」
らいらいは腕を組んだ。
たしかに、この城から“変さ”が消えたら、ただの立派な建物になってしまう。
それはちょっともったいない。
すると自販機が、ぶぶんと震えた。
「原因は判明しています」
「え、知ってるのかよ」
「はい。笑いの間の中心にある『ボケの鐘』が、何者かにより“常識”で磨かれてしまいました」
「最悪だな」
緊急会議課の三人が一斉に青ざめる。
「常識で磨かれたボケの鐘は、ツッコミを受けつけなくなります」
「そうなると、ボケがただの説明になります」
「説明だけの城になると、住民は皆、少しずつ会議っぽくなります」
らいらいは思わず一歩引いた。
「それはまずい。かなりまずい」
もう一人の職員が、震える手で一枚の地図を広げた。
そこには赤い矢印で、三階の奥へ続くルートが描かれている。
だが途中に、見慣れない部屋の名前が並んでいた。
**まじめ廊下**
**例え話の沼**
**おにぎり裁判所**
「最後どういう施設だよ」
「誰かが“これは三角だからおにぎりです”と主張し、それを誰も止めなかった結果できた部屋です」
「この城、やっぱり変だな」
すると自販機がぴこんと光り、勝手に缶を一本落としてきた。
らいらいが拾うと、ラベルにこう書かれていた。
**非常時用 微炭酸ユーモア**
「飲めってことか?」
「はい」と自販機。
「今から向かう先には、まじめな空気が充満しています。素のまま入ると、らいらいさまでも“なるほどですね”しか言えなくなる危険があります」
「怖すぎるだろ」
らいらいは缶を開けた。
ぷしゅ、と小さく音がして、なぜかどこからともなく拍手が聞こえた。
一口飲む。
「……うまい」
その瞬間、頭の中にふわっと変なひらめきが広がった。
石の床がちょっとだけリズムよく見え、壁の燭台が少し偉そうに見え、自販機が微妙に人格者っぽく見える。
「よし。行ける気がしてきた」
緊急会議課の三人も目を輝かせた。
「では、らいらいさま! どうか“笑いの間”へ!」
「ボケの鐘を元に戻してください!」
「ついでにおにぎり裁判所も閉廷させてください!」
「ついでの範囲が広いな」
らいらいが歩き出すと、まじめ廊下の扉が、ぎぎぎ……と自動で開いた。
中は異様に静かだった。
床も壁も天井も、きっちり整いすぎていて、逆に落ち着かない。
廊下の左右には額縁が並び、その中には、笑うのを我慢している人々の肖像画が飾られていた。
そして廊下のいちばん奥。
黒いローブを着た、細長い影が立っていた。
そいつは、ゆっくり振り返る。
顔は見えない。
ただ、声だけがやけに丁寧だった。
「ここまで来ましたか、らいらいさん」
「おまえがボケの鐘を磨いたのか?」
「ええ。私は“整頓伯爵”」
その名を聞いた瞬間、緊急会議課の三人が後ろで同時に震えた。
「出た……」
「城でもっとも片付けすぎる男……」
「余白を見つけると埋めたくなる危険人物……」
整頓伯爵は、すっと手を上げた。
「笑いとは無秩序です。脱線です。取りこぼしです。だが私は、それが許せない」
「だからこの城を、すべて分かりやすく、整った、美しい説明だけの城に変えるのです」
「つまらなそうだな」
「つまらない、ではありません。“安定”です」
「いや、つまらなそうだ」
整頓伯爵の肩が、ぴくっと動いた。
「……らいらいさん。あなたは知っているはずです。おかしさとは不安定だ。跳ねる言葉、ズレる会話、意味不明な熱量。そんなものは、世界を散らかすだけ」
らいらいは少しだけ笑った。
「でも、散らかるから面白いんだろ」
沈黙が落ちた。
次の瞬間。
まじめ廊下の壁という壁から、無数の紙が飛び出した。
すべてに、きっちりした字で同じ言葉が書かれている。
**議題:らいらいの発言は雑か否か**
「なんだこの最悪の議題!」
整頓伯爵は腕を広げた。
「さあ、審議を始めましょう。あなたが負ければ、“笑いの間”は永久閉鎖。そしてこの城のすべての言葉は、説明文になります」
緊急会議課の三人が悲鳴を上げる。
「それだけはダメです!」
「昔この城が説明文だけになったとき、食堂のメニューが全部“食べられるもの”になりました!」
「何も選べなかったんです!」
らいらいは、ゆっくり息を吸った。
微炭酸ユーモアの力が、まだ少し残っている。
目の前には整頓伯爵。
奥には“笑いの間”。
そして足元には、なぜか一枚だけ、白紙の議事録が落ちていた。
らいらいはそれを拾い、にやっとした。
「いいぜ。審議してやる」
その一言で、城全体の空気が、ぴんと張りつめた。
次の瞬間、どこか遠くで、まだ磨かれきっていないボケの鐘が、かすかに鳴った。
こん。
それは、反撃の合図みたいな音だった。
1. らいらいは白紙の議事録に、とんでもない一言を書いて反論する
2. らいらいは整頓伯爵に「じゃあおまえが一回ボケてみろ」と挑発する
3. らいらいは“笑いの間”へ直行する秘密の抜け道を探す




