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らいらいは、光る床の上に書かれた「3」の文字を、ためらいなく踏んだ。
その瞬間、会議室の天井がパカッと開いた。
上から降ってきたのは、神々しい宝箱でも、恐ろしい魔王でもなかった。
巨大な湯のみだった。
「でかっ」
湯のみは、ずどん、とらいらいの目の前に着地し、ふたがカタカタ震えた。
中から、やけに落ち着いた声が響く。
「ようこそ、お茶の間層へ」
「なんだよその、急に生活感ある異世界は」
ふたがふわりと開くと、中には畳が広がっていた。
しかも異常に広い。十畳どころではない。百畳、いや、千畳くらいある。
そして中央には、こたつがひとつ。
こたつの上には、みかんが一個だけ置かれていた。
らいらいは眉をひそめた。
「これ、ぜったい怪しいやつだろ」
すると、こたつの向こう側から、ぬるっと何かが出てきた。
それは、背広を着たみかんだった。
「お待ちしておりました、らいらい様」
「しゃべった!」
「私は会議みかん。会議室の果実的管理職です」
「肩書きの意味が一個もわからん」
会議みかんは、ぺこりと頭を下げた。みかんなのに妙に礼儀正しい。
しかも背広の胸ポケットには小さな名札までついている。
そこにはこう書かれていた。
『係長』
「微妙に偉くなさそう!」
「ええ、現場寄りです」
会議みかん係長は、こたつの上のみかんを指さした。
「こちらをお食べください」
「いや同族いるじゃん」
「彼は志願者です」
「怖すぎるだろこの組織」
らいらいが一歩下がると、畳の上に文字が浮かび上がった。
『このみかんを食べると、言葉の温度が見えるようになる』
「言葉の、温度?」
「はい」と会議みかん係長は言った。
「熱い言葉、冷たい言葉、ぬるい言葉、言った本人も意味をわかっていないふわふわ言葉。すべて色と湯気で見えるようになります」
「ちょっと面白そうだな……」
「ただし副作用があります」
「あるんかい」
「寒いダジャレを聞くと、本当に室温が三度下がります」
「最悪だ!」
その時だった。
こたつの中から、もぞもぞと何かが動いた。
次の瞬間、赤いマフラーを巻いた小さな猫が顔を出した。
「にゃ」
「猫!」
「彼は、こたつ守りのネコ判定官です」
「その役職、この世界に必要か?」
ネコ判定官は、らいらいをじっと見つめたあと、急に前足で机を叩いた。
ぽん。
すると空中に判定が出た。
『この者、わりとノリで生きている』
「なんだその雑な見抜き方」
ネコ判定官は、満足そうにもう一度、ぽん、と叩いた。
『だが、意外と核心で止まらない』
会議みかん係長がうなずく。
「いい判定です」
「どこがだよ」
その瞬間、部屋の隅の障子がバァンと開いた。
そこに立っていたのは、白いひげをたくわえた老人――ではなく、白いひげをたくわえた電気ポットだった。
「わしは湯仙人じゃ」
「ポットじゃん!」
「形に囚われるな、若者よ」
「そっちが一番囚われてないよ!」
湯仙人は、しゅううう、と湯気を出しながら、ゆっくり語り始めた。
「らいらいよ。おぬしは次の扉へ進むために、“ぬくもりのことば”を一つ選ばねばならぬ」
「ぬくもりのことば?」
「そうじゃ。強さでもなく、正しさでもなく、うまさでもない。ただ、誰かを少しだけ救う言葉じゃ」
会議みかん係長が、ぱちんと指を鳴らす。
すると空中に三つの言葉が現れた。
ひとつめ。
『だいじょうぶ』
ふたつめ。
『まあ、お茶でも飲め』
みっつめ。
『笑って跳ねろ』
らいらいは、その三つを見上げた。
どれも妙に違う温度を持っていた。
『だいじょうぶ』はやわらかくて、毛布みたいだった。
『まあ、お茶でも飲め』は、雑だけど不思議と座りたくなる温かさがあった。
『笑って跳ねろ』は、熱かった。まるで心臓が自分で立ち上がるみたいな熱さだった。
ネコ判定官が、しっぽをゆらした。
『選べ。だが気をつけろ。この階層では、選んだ言葉が世界の空気になる』
「空気になるって……」
「つまり」と会議みかん係長が言った。
「次の部屋は、その言葉の性質で満たされます」
「大事すぎるだろ」
湯仙人は、しゅんしゅんと静かに湯を鳴らした。
「さあ、どうする」
らいらいが口を開こうとした、その時。
こたつの中から、もう一匹何かが飛び出した。
それはネコ判定官にそっくりだったが、頭に小さなハチマキを巻いていた。
そして開口一番こう叫んだ。
「異議ありにゃ! この選択肢、ぬくもりに偏りすぎにゃ!」
「増えた!」
「こちらはネコ反対官です」と会議みかん係長。
「いるんだ、そのポジション!」
ネコ反対官は机に飛び乗り、前足でばしばし叩いた。
『第四の選択肢を要求するにゃ!』
「いや今さら!?」
障子の向こうから、どこからともなく拍手が起こる。
畳がざわめき、こたつが少し前に出てきて、みかんが一斉にこちらを見た。
空中に、ぐにゃり、と新しい文字が生まれ始める。
まだ形ははっきりしない。
けれどそれは、らいらい自身が言わなければ完成しない言葉だった。
湯仙人が、静かにうなずく。
「どうやら、おぬしは選ぶだけでは済まぬらしい」
らいらいは、三つの言葉と、まだ名もない四つめの気配を見つめた。
この先の空気を決めるのは、自分だ。
こたつはぬくい。
みかんは見ている。
猫は勝手に増える。
だが、たぶん今ここで選ぶ言葉だけは、ちゃんとほんものだった。
1. 『だいじょうぶ』を選ぶ
2. 『まあ、お茶でも飲め』を選ぶ
3. 『笑って跳ねろ』を選ぶ
4. 自分だけの第四の言葉を言う




