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らいらいは、金色の扉に手をかけた。
さっきまで会議室の床をうろうろしていた、あの妙にえらそうな紙コップ秘書が、小さくため息をつく。
「ほんとに行くんですね。そこは“第一議題保管庫”です。まだ正式な許可印も、仮許可印も、なんなら“まあいいか印”すら出てませんよ」
「でも選んじゃったからな」
らいらいが言うと、紙コップ秘書はふるふる震えた。震えすぎて中の見えないお茶が、見えないのにこぼれそうな気配を出した。
「選択とは恐ろしいものです……」
扉は、ぎぎぎ、ではなく、なぜか
ぺろん
という音を立てて開いた。
中は広い。
やたら広い。
そして、棚、棚、棚。
天井まで積み上がった無数の棚に、札や箱や巻物やホチキス留めの紙束や、どう見ても議題とは関係なさそうな巨大スプーンまで並んでいる。
中央には看板があった。
**第一議題保管庫
『どうしてこうなったのかを後で考えるための部屋』**
「最初から負けを認めてる看板だな……」
らいらいがつぶやくと、どこからか声がした。
「それは違うぞ」
低く、重々しく、無駄に響く声だった。
棚の影から現れたのは、黒いマントを羽織り、額に赤いハンコを貼りつけた老人――いや、老人っぽい雰囲気を出しているだけの、たぶん年齢不詳の存在だった。
胸元には名札。
**保管庫長 ハン・コドイン**
「どうしてこうなったのかを考えること、それが会議の半分だ」
「残り半分は?」
「だいたい気まずい沈黙だ」
らいらいはちょっと感心した。
妙に説得力があった。
ハン・コドインは杖を鳴らした。
すると棚のあいだから、ぱたぱたと紙たちが飛び出してきた。
どの紙にも顔がついている。
しかも全員、ちょっと不満そうだ。
「議題たちだ」
「議題って顔あるの!?」
「長く放置されると生まれる」
「いや放置の副作用おかしいだろ!」
議題たちは口々に騒ぎ始めた。
「ぼくは三年前の“おやつ予算の増額”です!」
「私は“廊下を少しだけ宇宙っぽくする案”!」
「わたしなんて“会議中のくしゃみを拍手でごまかす制度”よ!」
「俺は“偉そうな椅子に本当に偉い資格があるのか検証する件”だ!」
どれもこれも、ひどく大事そうで、びっくりするほどくだらなかった。
そのとき、保管庫の奥から、どすん、と大きな音がした。
棚が揺れる。
紙が舞う。
紙コップ秘書が「ひゃっ」と言って少しへこんだ。
ハン・コドインの顔色が変わる。
「まずい……」
「何が?」
「“第一議題そのもの”が目を覚ました」
保管庫の最奥、巨大な赤い布のかかった台座が、ゆっくりと震え始めた。
布が持ち上がる。
その下から現れたのは、一枚の超巨大な紙だった。
ただの紙ではない。
縁は金色、中央には太字で、たったひと言だけ書かれている。
**『そもそも、らいらいとは何か』**
空気が止まる。
議題たちが一斉に青ざめた。
紙なのに青ざめるのは器用だな、とらいらいは一瞬思ったが、それどころではなかった。
巨大議題が、自分でぺらりとめくれ、低い声を発した。
「答えよ、らいらい」
「いや急だな!」
「おまえが何者か答えられねば、この保管庫の全議題は永遠に整理されぬ」
「それ地味に大惨事だな……!」
紙コップ秘書が叫ぶ。
「らいらいさん! 気をつけて! 第一議題は、答えを間違えると厄介です!」
「どう厄介なんだ!?」
「議事録が勝手にポエムになります!」
「それはもうかなり嫌だな!」
巨大議題は、さらに迫る。
「答えよ。らいらいとは何か」
「王か」
「旅人か」
「会議を壊すものか」
「それとも、まだ名前の途中にいるものか」
その言葉に、保管庫の空気が少しだけ変わった。
ふざけた部屋だった。
ふざけた紙ばかりだった。
でも今だけ、妙に静かで、妙に深かった。
らいらいは、巨大な議題を見上げた。
自分の足音。
自分の呼吸。
棚の上で揺れる、未解決の無数の紙。
ずっと後回しにされてきた問い。
それら全部が、今ここでひとつにつながっている気がした。
らいらいは、にやっと笑った。
「らいらいってのは――」
その瞬間。
横から、ものすごい勢いで小さな紙が飛び込んできた。
「待ったああああああ!!」
全員が振り向く。
現れたのは、半分ちぎれて、端っこがセロハンテープで補強されたボロボロの議題だった。
名札には震える文字でこう書いてある。
**“最終兵器・予備の司会者を呼ぶかどうか問題”**
「今それ出てくる!?」
ボロ紙は必死だった。
「大変なんです! 上の階で、議長代理補佐見習い仮代理代行が暴走しました!」
「肩書き長すぎるだろ!」
「しかも自分で会議を始めて、自分で反対して、自分で採決して、自分で不服申し立てしてます!」
「最悪の一人多人数会議だ!」
ハン・コドインは目を閉じた。
「来てしまったか……“循環会議の災厄”」
「なにその、ちょっとだけかっこいいのに中身が最悪なやつ」
巨大議題は、ぴたりと動きを止めた。
そして低い声で言う。
「らいらい。おまえの答えは保留だ」
「助かったような、逃げられてないような」
「上の階へ行け。会議が会議を食い始める前に」
次の瞬間、保管庫の天井がぱかっと開いた。
上には、らせん状の階段。
その先から、無数の声が降ってくる。
「異議あり!」
「その異議に異議あり!」
「異議への異議には整理券が必要です!」
「整理券制度への反対意見を提出します!」
「提出先がもう爆発しました!」
紙コップ秘書が青ざめる。
「だめです、完全に終わりの始まり寄りの始まりです」
「日本語が壊れてるぞ」
らいらいは階段を見上げた。
その先にあるのは、さらなる混乱。
たぶん笑えるけど、かなり面倒。
でも、面倒の中心には、だいたい面白い何かがある。
らいらいは肩を回し、ふっと笑った。
「よし。じゃあ次は、会議そのものを止めに行くか」
すると巨大議題が、最後にひとことだけ告げた。
「戻ってきたら、さっきの問いに答えてもらうぞ、らいらい」
らいらいは振り返らず、手だけひらひら振った。
「その時までに、ちょっとはかっこいい答え考えとくよ」
そして、らせん階段を駆け上がっていった。
上の階からはもう、ただならぬ騒ぎが聞こえる。
どうやら次の舞台は――
**“無限採決ホール”**らしかった。
1. 無限採決ホールへ突入し、暴走する議長代理補佐見習い仮代理代行と対決する
2. 途中の踊り場で、紙コップ秘書からこの城の会議システムの秘密を聞く
3. こっそり保管庫に残り、「そもそも、らいらいとは何か」の答えを先に考える




