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らいらいは、光る会議室の中央に立っていた。
さっき押した「1」の扉は、思ったより普通だった。
びっくりするほど普通だった。
金ピカでもない。闇でもない。ただの、少しだけ立派な木のドア。
だが、その“普通さ”が逆に不気味だった。
ドアの上には、白い紙が一枚だけ貼ってある。
「会議中です。静かに入ってください」
らいらいは目を細めた。
「いや、こういうのが一番あやしいんだよな……」
ドアノブに手をかける。
ひやり、と冷たい。
その瞬間、廊下のすみで見ていた丸い掃除ロボが、なぜか小声で言った。
「ご武運を」
「おまえ喋れたの!?」
掃除ロボはそれ以上なにも言わず、すうっと壁際へ下がっていった。
完全に何か知ってる動きだった。
らいらいは深呼吸して、そっとドアを開けた。
中には、長い机。
そのまわりには、ずらりと椅子。
そして椅子には――誰も座っていない。
「……あれ?」
静かだった。
あまりにも静かすぎた。
けれど机の上には、人数分の湯のみが並んでいる。
しかも全部から、ほわほわ湯気が立っていた。
「いるのか? いないのか? どっちなんだこれ」
らいらいが一歩踏み込んだ、そのときだった。
バタン!!
後ろのドアが勝手に閉まった。
同時に、部屋の奥のスクリーンがふっと光る。
そこに映ったのは、大きな文字だった。
「第888回 らいらい緊急会議」
「勝手に俺の名前を会議名に使うな!」
ツッコミが響いた瞬間、何もなかった椅子に、ぽん、ぽん、ぽん、と次々に影が現れた。
最初に現れたのは、異様に姿勢のいい老人。
ヒゲが長すぎて、自分の湯のみの中に少し入っていた。
次に現れたのは、全身がメモ帳みたいな男。
歩くたびに体から付箋が一枚ずつ落ちる。
その隣には、なぜか巨大なプリンを頭に乗せた女の人。
しかも真顔。
そして最後に、会議室の一番奥、いちばん豪華な椅子に、
どすん、と座ったのは――
ネクタイを締めた巨大なハムスターだった。
「議長、入室されました」
どこからかアナウンスが流れる。
らいらいは数秒黙ったあと、静かに言った。
「終わってる」
ハムスター議長は前足で机をとんとん叩いた。
「開会!」
声がやたら渋い。
見た目と声が合ってなさすぎる。
ヒゲ老人が立ち上がる。
「本日の議題は、“らいらいが本当にらいらいであるかどうか”です」
「なんで会議してんだよ! 本人ここにいるだろ!」
メモ帳男がすかさず何かを書き込む。
「“本人ここにいるだろ”っと……貴重な証言ですね」
「記録の取り方が雑!!」
プリン頭の女が、すっと手を挙げた。
「質問です。あなたは昨日、廊下で転びそうになったあと、転んでない顔をしましたか?」
らいらいは固まった。
「……したけど」
会議室がざわついた。
「やはり……」
「例の動きだ」
「本物の可能性が高い」
「いや、似せられる」
「そんなことで本人確認するな!」
ハムスター議長がうなずく。
「では最終試験に移る」
机の中央が、ぎぎぎ、と開いた。
中からせり上がってきたのは、銀の皿。
その上には、たったひとつだけ――
コロッケ。
らいらいは眉をひそめた。
「……なんだこれ」
ヒゲ老人が真剣な顔で言う。
「本物のらいらいなら、このコロッケを見て、ただのコロッケではないと感じるはず」
「圧がすごいな」
メモ帳男が補足する。
「なお、中身はランダムです」
「怖っ」
プリン頭の女が静かに言った。
「ポテト、カレー、クリーム、かぼちゃ、そして――はずれ」
「コロッケにはずれってなんだよ!」
ハムスター議長が立ち上がる。
「選べ。食べるか、逃げるか」
らいらいはコロッケを見る。
たしかに普通のコロッケに見える。
しかし、普通じゃない会議室にある時点で、もう普通ではない。
しかも、よく見ると衣が微妙に光っていた。
「おまえ、絶対ろくでもないだろ……」
そのとき、さっきの掃除ロボの声が、なぜか天井スピーカーから小さく聞こえた。
「信じるのです。サクッといけます」
「信用できるようでできない助言!」
会議室中の視線が、らいらいに集まる。
ヒゲ老人も、メモ帳男も、プリン頭も、ハムスター議長も、全員が息をのんでいた。
らいらいは、ゆっくりとコロッケを持ち上げる。
温かい。
香りはいい。
だが、この世界では“香りがいい”ことほど危険な場合がある。
「……わかったよ」
らいらいは覚悟を決めた。
そして、がぶり、とひとくち食べた。
次の瞬間。
会議室の床が虹色にひっくり返った。
「うわああああああ!?」
コロッケの中身は、じゃがいもでもカレーでもクリームでもなかった。
中から飛び出したのは、小さな声だった。
「おめでとうございます」
「具が喋った!?」
声はさらに続く。
「あなたは、正式に“第八会議室通過者”として認められました。ごほうびに、秘密の通路をひとつだけ教えます」
すると壁の一枚がするすると横にずれ、暗い通路が現れた。
通路の先からは、なにか陽気な音楽が聞こえてくる。
タンバリン。
ラッパ。
そして、誰かの妙に自信満々な歌声。
ハムスター議長が低く言う。
「その先に行けば、“笑いの保管庫”へたどりつく」
「笑いの保管庫?」
ヒゲ老人がうなずく。
「あそこには、世界中で言いそびれたツッコミ、笑いそこねたボケ、途中で消えた変なギャグが、ぜんぶ眠っている」
メモ帳男が震える字で書く。
「一歩間違えれば、笑い死にです」
「そんな保管の仕方ある!?」
プリン頭の女が、はじめて少しだけ笑った。
「でも、あなたなら行けるかもしれない」
通路の奥から、また歌声が聞こえた。
「オレは〜〜〜自信だけでここまで来た男〜〜〜」
らいらいは顔をしかめた。
「絶対やばいのいるだろ」
それでも、胸の奥は少しだけ熱くなっていた。
この先に、まだ見ぬおかしな何かがある。
いや、おかしいのはもう確定している。
だが、それでも進みたくなる。
らいらいは振り返らず、暗い通路へ一歩踏み出した。
その瞬間、会議室の全員が一斉に立ち上がり、なぜか拍手を始めた。
ハムスター議長が叫ぶ。
「行け、らいらい! そして持ち帰れ! 忘れられた笑いを!」
掃除ロボの声も混ざる。
「あと、戻るときはスリッパを脱いでください」
「なんの注意だよ!!」
らいらいのツッコミを背に、通路の奥の闇が、少しだけ明るく揺れた。
そこには、笑いの気配があった。
くだらなくて、妙で、でも確かに胸を軽くする、名もない光が。
らいらいはにやっと笑った。
「よし。行ってやるか」
その先で待つのが、伝説のボケ職人なのか。
それとも、世界最悪のすべり芸人なのか。
まだ誰にもわからない。
ただひとつ確かなのは、
この先、またとんでもなく面倒で、
そして妙に楽しいことになる、ということだけだった。
1. 歌声の主を追って、笑いの保管庫の中心へ向かう
2. 横道にそれて、「言いそびれたツッコミの棚」を先に調べる




