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らいらいは、白い廊下のまんなかで立ち止まった。
さっき自分で選んだはずの「2」の扉は、もうそこに扉として存在していなかった。
代わりに、壁そのものに大きく黒い文字でこう書かれていた。
**2を選んだ者は、選ばれる。**
「いや怖っ!」
思わず声を出した瞬間、天井のすみから拍手が起きた。
パチ、パチ、パチ、と妙に湿った、やる気のない拍手だ。
廊下の奥から、ぬるりと誰かが出てくる。
黒いスーツ。黒いネクタイ。黒い革靴。なのに顔だけが、びっくりするほど親しみやすい。
「どうも」
「誰」
「こちら、“選択肢管理局”の者です」
「絶対うさんくさい」
「よく言われます」
男は名刺を差し出した。
そこにはこう書かれていた。
**主任・二番係 ニノマエ・ニヤリ**
「その名前、ふざけてる?」
「役所なので、むしろ真面目です」
ニノマエは咳払いして、書類を広げた。
紙の束は異様に長く、床を這って廊下の向こうまで伸びていった。
「らいらい様。あなたは先ほど、“選択肢2”を選びましたね」
「うん」
「確認ですが、軽い気持ちで?」
「かなり軽い気持ちで」
「では規定により、“軽い気持ちで重大な選択をした者の部屋”へご案内します」
「そんな部屋あるの!?」
壁がゴゴゴと割れ、その奥に小部屋が現れた。
中には丸テーブルが一つ。
その上に、湯気の立つお茶。
そして、なぜか正座している三体の奇妙な存在がいた。
一体目は、全身がメモ帳でできた老人。
二体目は、鼻だけ異様に高いヒヨコ。
三体目は、ただのこんにゃくだった。
「なんでこんにゃくいるんだよ」
「陪審員です」とニノマエ。
「陪審員にこんにゃく混ざることある?」
「この世界では、まあまああります」
メモ帳老人がぺらりと一枚めくれて言った。
「では審議を始める」
「待って、何の?」
「お前が本当に“2を選ぶに値する者”かどうかだ」
「値するってなに?」
高鼻ヒヨコが、やたらいい声で言った。
「2とは、表と裏のあいだ。右でも左でもなく、まんなかに見えて最もねじれた道」
「急にかっこいいこと言うな」
「ちなみに意味は私もわかっていない」
こんにゃくが、ぷるんと震えた。
どうやら賛成らしい。
ニノマエはうなずいた。
「試練は三つです」
「やっぱあるんだ」
「第一の試練。“びっくりしないこと”」
「無理」
「第二の試練。“意味不明を受け入れること”」
「それは少しいける」
「第三の試練。“笑って進むこと”」
「それは得意かもしれない」
すると部屋の明かりが突然消えた。
真っ暗闇。
次の瞬間、らいらいの真後ろで、やけに元気な声がした。
「わあああああっ!!」
「うおっ!?」
振り向くと、そこには小さなタキシード姿のカエルがいた。
蝶ネクタイをきっちり締めている。
しかも片手にラッパ、片手に食パンを持っていた。
「誰だよ!」
「私は驚かし専門家、ビックリーノ・パン助です!」
「名前がうるさい!」
「あなたをびっくりさせに来ました!」
「もうされてる!」
パン助はラッパを吹いた。
音は出なかった。代わりに食パンがふわっと宙に浮かび、らいらいの頭に落ちてきた。
ぺちょ。
数秒の沈黙。
「……」
「……」
「地味だな!」
「本日は控えめプランです!」
らいらいはとうとう吹き出した。
「なんだそれ!」
「笑いましたね!」
「笑うわこんなん!」
すると部屋じゅうに鐘の音が鳴り響いた。
メモ帳老人が立ち上がる。
高鼻ヒヨコが片翼を胸に当てる。
こんにゃくはぷるぷるぷるぷる震え続けた。
「第一試練、突破」
「え、びっくりしてたじゃん」
「だが笑った」
「判定がガバガバすぎる」
その瞬間、床がまた割れた。
今度は下へ続くらせん階段。
ずっと下の方から、青い光が揺れている。
風に混じって、どこか懐かしい声が聞こえた。
**跳ねろ。意味がなくても、笑え。**
らいらいの胸が、少しだけ熱くなる。
ニノマエが珍しく真面目な顔をした。
「この先は、“2の底”です」
「底?」
「選ばなかった1と3の気配が、全部沈んでいる場所」
「それ、めっちゃ嫌な予感するんだけど」
「大丈夫です」
「何が?」
「嫌な予感はだいたい当たります」
「大丈夫じゃない!」
すると、階段の下から何かが駆け上がってくる音がした。
ダダダダダダダッ――
現れたのは、巨大なスーツケースに手足が生えた化け物だった。
取っ手が口みたいに開き、中から叫ぶ。
「選ばれなかった可能性を回収しに来たぞおおおお!!」
「うわあああ来たあああ!!」
「私は“もしも運搬機”!! 君が選ばなかった未来を全部押しつける!!」
「最悪すぎる!」
スーツケース怪物がぱかっと開く。
中には無数の紙吹雪みたいな映像が舞っていた。
「選択肢1を選んでいたら、君は廊下で一日中くしゃみしていた!」
「嫌すぎる!」
「選択肢3を選んでいたら、ヒヨコと税金の話を六時間していた!」
「地獄!」
「だが2を選んだ君には、それら全部をまとめてプレゼント!」
「押し売りが強い!」
ニノマエが叫ぶ。
「らいらい様! 今こそ第三試練です!」
「第二じゃなくて!?」
「順番は現場判断で前後します!」
「役所のくせに雑!」
スーツケース怪物は迫る。
床が揺れる。
パン助はなぜか食パンを振って応援している。
メモ帳老人はもう帰る準備をしていた。
ヒヨコは「税については後ほど」と言い残している。
こんにゃくだけが、ずっとぷるぷるしていた。
こんなめちゃくちゃな状況なのに、らいらいはふと笑ってしまった。
「なんなんだよ、この世界!」
その声に反応するように、胸の奥から言葉が弾ける。
**笑って跳ねろ。**
**ぐちゃぐちゃでも進め。**
らいらいは床を蹴った。
一気に跳ぶ。
スーツケース怪物の頭――いや取っ手――を踏み台にして、そのままらせん階段の下へ飛び込む。
「うおおおおお!!」
青い光の中へ落ちながら、最後に見えたのは、上から手を振るニノマエの姿だった。
「おめでとうございます! 本当の2はここからです!」
「先に言えええええ!!」
そして着地した先は――
巨大な地下広間だった。
天井には、無数の数字が星みたいに浮かんでいる。
床には円形の舞台。
その中央に、ぽつんと一つだけ、赤い電話が置かれていた。
リン。
電話が鳴る。
リン、リン。
らいらいが近づくと、受話器の横に紙切れがあった。
**この電話に出ると、選ばなかった未来の誰かと話せる。**
リン。
リン。
静かな地下空間に、電話の音だけが響く。
らいらいは、息をのんだ。
ここで受話器を取れば、
別の選択肢を選んだ“もう一人のらいらい”と会話できるかもしれない。
だがその時、広間の奥の闇の中で、何か巨大なものがゆっくり目を開いた。
電話に出るべきか。
それとも、先にあの闇の主を確かめるべきか。
1.赤い電話に出る
2.闇の奥の巨大な気配へ近づく
3.とりあえずこんにゃくが来てないか確認する




